『アッチェレランド』

あらすじ

ようこそ、変容と狂騒の21世紀へ!
時は、21世紀の初頭。マンフレッド・マックスは、行く先々で見知らぬ誰かにオリジナルなアイデアを無償で提供し、富を授けていく恵与経済(アガルミクス)の実践者。彼のヘッドアップ・ディスプレイの片隅では、複数の接続チャンネルが常時、情報洪水を投げかけている。ある日、マンフレッドは立ち寄ったアムステルダムで、予期せぬ接触を受けた。元KGBのAIが亡命の支援を要請しているが、どうやらその正体は学名パヌリルス・インテルルプトゥス―ロブスターのアップロードらしい。人類圏が特異点(シンギュラリティ)を迎える前に隔絶された避難所へと泳ぎ去りたいというのだが……この突飛な申し出に、マンフレッドの拡張大脳皮質(メタコルテックス)が導き出した答えは……

特異点(シンギュラリティ)〉を迎えた有り得べき21世紀を舞台に、人類の加速していく進化を、マックス家三代にわたる一大年代記として描いた新世代のサイバーパンク。2006年度ローカス賞SF長篇部門受賞作。

カバー折り返しより

 ヴァーナー・ヴィンジの提唱した〈特異点〉。本書を読むと〈特異点〉=〈シンギュラリティ〉だった。『レインボーズ・エンド』(感想はこちら)で〈特異点〉に聞き覚えはあると書いたが、「シンギュラリティ」だったらストロスの作品で今までさんざん出て来ていたではないか。タイトルもまさに『シンギュラリティ・スカイ』(感想はこちら)と、そのまんま。本書『アッチェレランド』にもたくさん「シンギュラリティ」という言葉が使われている。気付いてみれば、海外ドラマの『ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ』でも〈特異点*1という言葉が登場するなど、SF界にはずいぶん浸透しているようだ。


 では〈特異点〉とはどういうことなのか。本書の末尾に訳者の酒井さんによる用語解説が掲載されていた。

特異点シンギュラリティ:昨年秋、シリコンヴァレーで〈シンギュラリティ・サミット〉が開かれたことは記憶に新しいが、そこでの定義は、“コンピュータの演算能力がヒトの演算能力を超えるとき”というのが中心的だったようだ。作者も同様の立場で、本書における特異点しきい値は、有知能物質一グラムあたりの演算パワーが一MIPSに達するとき。なお、テクノロジーの進歩により超人トランスヒューマン的知性の誕生として、ヴァーナー・ヴィンジがこのことばに言及したのは、〈オムニ〉誌一九八三年一月号だった。P506 訳者補遺より

わかったようなわからないような。もっと詳しく知りたい方は、こちらなどをどうぞ。


 さて、本書は短篇の連載を1冊にまとめたもの。物語は21世紀初頭から始まる。ほぼ現在だが、脳の外部拡張が可能となったサイバーパンクな世界である。要所要所に10年ごとの変化の概要が挿入されている。知性が生脳空間ミートスペースから電脳空間サイバースペースへと移行してシンギュラリティを越え、さらにその先の上位知性の元へ向けて旅立つ様子が描かれている。


 物語の中心となるのはマンフレッドとその家族。マンフレッドは天才で、恵与主義経アガルミクスを実践して生活している。マンフレッドが目指しているのは、希少性という価値観をなくすこと。次々と湧き出るアイデアで特許を取得してはそれを誰もが使えるようにする。そのお礼にさまざまなものが提供されるため、お金がなくても彼の生活は成り立つ。希少性を基準としていたこれまでの貨幣システムは大きく変わっていく。しかしそれに不満なのが恋人のパメラ。旧式の価値観を持ち支配欲の強い彼女は、ことごとくマンフレッドに敵対してくる。


 貨幣経済が解体され、惑星が解体され、肉体が解体され、世界は大きく再構築され変化する。けれども激変する世界の様相とは裏腹に、本書に描かれているのはマンフレッド一家の夫婦喧嘩や親子喧嘩。肉体が無くなるほどの大きな変化があっても、人間は精神面でたいして成長していない。むしろデジタル化した精神はコピーが容易なため人間関係が複雑化しやすく、かえってややこしくなっている。


 この家族の一員として活躍するのが、マンフレッドの飼っていた日本製の愛玩ロボット猫アイネコ。徹底的にアップグッレードできるこのロボットは、いつしか人工知能として自意識を持ちはじめ、猫っぽい気まぐれさでマンフレッド一家をかき回す。


 シンギュラリティがいつの時点だったのかは本書の中でも意見は分かれているが、自意識を持って活動するのはこのロボット猫だけではない。アップロードされたロブスターが携帯電話を送りつけて亡命を求めてきたり、AI企業やシステムが効率を求め、生き物のように自己複製したり肉食獣化したりする。むしろマトリョーシカ・ブレインの中では機械由来の精神の方がヒト由来の精神よりも適応性が高く、生脳空間では進化の頂点だったはずの人間は、AIに取って代わられつつある。


 さらに、銀河には異種知性の大規模なネットワークがあり、わりあい近い場所にネットワークの他の場所へと繋がるルーターがあることも分かって来た。コーク缶サイズの宇宙船に意識をアップロードして、マンフレッドの娘アンバーはルーターを目指して旅立つ。このあたりの雰囲気はなんとなくイーガンの『ディアスポラ』(感想はこちら)と印象が似ている。あちらに登場していたのはヤドカリだったが、こちらにもロブスターが登場しているし。


 トラップめいたルーターでは、知性を持った企業証書が滅んだ異種知性のナメクジに擬態して眉唾な取引を持ちかけて来るなど、シュールな展開が描かれている。このルーターを作ったのは何者なのか、ルーターを抜けたその先には、神々のように高度に発達した上位知性が果たしてみつかるのか。平板に終わるのかと思ったら、意外とラストでどんでん返しがあって驚いた。


 この作品は実は細部が面白い。技術的な細かいことから法律的なこと、哲学的なことに至るまで、新しい発想がたくさんあり、それらがギュッと濃縮されてこれでもかとばかりに詰め込まれている。特にマンフレッドの活躍する年代あたりが面白い。それに、よくよく読むと伏線が最初からたくさんはめ込まれていて、構成もよく出来ているなと思う。


 ところで、作者が日本を好きなのか、日本がサイバーパンクと相性が良いのか、日本製の愛玩ロボットや○ンリオピューロランド、宮崎アニメなど、作品中に日本ネタがいくつか登場する。ハローキティのボンデージ・テープなんて○ンリオの許可は絶対出そうにないけれど、妙に相性が良くてありそうには思える。

*1:ちゃんと発音は「シンギュラリティ」だった