『日本人とは何か。』

内容

山本七平が築き上げた「日本学」の集大成
 日本人はなぜ、明治維新を成功させることができ、スムーズに近代化ができたのか。また戦後はなぜ、奇跡の経済復興を遂げ、民主主義をも抵抗なく受け入れることが出来たのか――そんな素朴な疑問に答えるべく、著者は、神代から幕末までの日本人の意識と行動をたどっていくことで、その秘密を解き明かそうとする。その試みは奇しくも、著者が長年にわたって独自に築き上げてきた「日本学」の集大成の観を呈するにいたった。
 著者他界の二年前に上下二巻で刊行された名著を、今回一巻にまとめて再刊!

カバーより

 独特の視点から日本人の特質を鋭く描いてみせる山本七平。彼が外国人から受けた質問などを問答形式で紹介しながら、縄文時代から明治時代直前に至る迄の日本の様相を歴史を追って解説した、集大成のような一冊だ。


 日本の歴史は日本史の授業でそれなりには学んだが、言葉や年代を覚えるのに忙しく、その背景事情や経緯、影響についてまではなかなか理解できていない。また、他の国の同様の状況と比較したり、その違いから日本人の特性について考察してみたりなど、なかなかそこまで発展しない。この著書にはそういったことが分かりやすく解説されていて面白い。


 例えば日本人はエコノミック・アニマル(経済的動物)と呼ばれるが、近代に入ってから急にそうなったわけではなく、もっとはるか以前からずっとそうだったことが、ここでは紹介されている。日本人が経済に強いイメージはあまりなかったが、ここでは日本で流通した貨幣の凄まじさが紹介されていて面白い。


 当初は日本でも、貨幣はなかなか定着しなかったという。銅の精錬技術が伴わなかったせいだが、この状況を一変させたのが平清盛だ。自国で貨幣が造れないなら、中国から輸入してしまえと、1164年に周囲の反対を振り切って断行した。するとものすごい勢いで貨幣は日本に定着。およそ100年後には相互銀行のようなものができ、武士の私領も金で売買され、庶民のものになってしまう事態が出て来た。幕府は何度もそれを禁止。しかし貨幣の勢いは止まらず、1239年には「通貨禁止令」を発布して貨幣の流通を場所を限定して禁じようとまでした。


 これが韓国ではどうだったか。先の「通貨禁止令」より180年後に、韓国では貨幣を流通させるため、米や布などを貨幣代わりとする物品貨幣の使用を厳罰で禁じている。日本では貨幣が流通しすぎて禁じなければならなかったほどなのに、なかなか定着せず苦労したあとがうかがわれる。また、この頃日本に来た韓国の使節は、日本国内ではお金さえあれば他に何もなくても旅ができることに驚き、別の使節は乞食が食べ物を乞うのではなくお金を乞うことに驚いている。


 結局韓国では家綱の頃まで貨幣は定着しなかったし、ベトナムでも貨幣は18世紀頃まで定着しなかったそうだ。爆発的に貨幣が流通した日本の方が、東アジアでも異質だったようだ。


 そして中国では、銅銭の流出が凄まじかったため、1115年に銅銭輸出禁止令が出されたが、それでも解決しなかったため、ついに紙幣が発行された。今も日本人はすごい勢いで何かを輸入することがあるが、この傾向もこの当時から変わらなかったようだ。


 日本史の授業では、確かに「渡来銭」や「通貨禁止令」などについても習ったが、他国の通貨を輸入して使うという発想は、今改めて考えてみると奇妙に思える。また、日本人がお金を使うことにそこまで積極的だったという認識もなかった。


 このようにさまざまな例を挙げながら紹介してあると、日本人の傾向が次第に見えてくる。近い位置に超先進国の中国があり、強烈に憧れながらも来たら全力で打ち払わねばならないという畏怖を持っていた。こうした先進の文化を輸入しては、自分たちの歴史と照らして共鳴する部分は積極的に掘り起こして日本流に変換し、共鳴しない部分は一向に受け入れない。その憧れとする対象はやがて西欧となり、戦後はアメリカとなったのだろう。どちらかというと後進国だが、ひとたび改革がおこるとものすごい勢いでそれらを浸透・変化させ、一躍世界のトップにも躍り出る。一方では変化しない部分を根強く持ち続け、それがあるからなのか、驚く程大胆な変革を平然と行う。


 その背後には、日々の仕事の中で黙々と工夫を凝らし、各々の興味のあることを着実に進歩させようと努力する日本人の姿が見えてくる。現在の日本の状況は、日本の負の部分が噴出しているように思えるが、こうして見てみると、いったんスイッチが入りさえすれば、駆け足で大きな変革を成し遂げるのかもしれない。


 目次も興味深かったので全部書いてみたけれど、あまりに長くなるので2章以降は読みたい人だけどうぞ。

目次

  • 序文 新しい“菊と刀
  • プロローグ 『体勢三転考』の日本――伊達千広が描いた歴史観
      • 日本人の模倣と独創性
      • 「骨(かばね)・職(つかさ)・名」――日本史を三つに区分する根拠
  • 第一部 「骨(かばね)の代」から「職(つかさ)の代」へ
    • 1章 日本人とは何か
      • 東アジアの最後進民族
      • 縄文人とは、いかなる民族か
      • 今も根強く残る縄文時代の食文化
      • 縄文人が話していた日本語とは
      • 稲作はどこから来たか
      • 中国の史書に現れた一世紀から三世紀の日本
      • 登呂遺跡にみる日本文化の原点
      • 前期古墳文化と、伊勢神宮の火鑽具(ひきりぐ)
      • 中国江南部との深い関係
      • 津田左右吉(そうきち)博士の日本神話分析
      • 「骨(かばね)の代」の氏族体勢とは
    • 2章 文字の創造
      • 日本史の画期的事件「かなの創造」
      • キリシタン宣教師が見た日本のかな文字文化
      • 「万葉がな」に見る日本語の文字化の苦闘
      • 三千年以上前のアッカド人の苦闘
      • 「かな文字」と「かな文章」は、いかにして誕生したか
      • 自国語を自国の文字で語る喜び
      • 文字と文学と統一国語の併行的形成
    • 3章 律令制の成立
    • 4章 神話と伝説の世界
      • 日本における「カミ」とは何か
      • 神話時代から二十世紀までの継続性
      • 天孫降臨にいたるまでの神々の行状
      • 海幸山幸、二人の兄弟の物語
      • 神話に裏付けられた天皇の正統性
      • 「アラヒトガミ」とは何か
    • 5章 仏教の伝来
      • 日本人の宗教は何か
      • 国家の宗教であっても国教ではない不思議
      • 日本が受容した中国仏教の特質
      • 僧形(そうぎょう)の儒者キリスト教を攻撃する図
      • 神道と仏教はいかにして結びついたか
      • 日本に浸透していた道教の存在
      • 鎮護国家仏教の功罪
      • 加持祈祷と末法思想による日本仏教の変質
      • 念仏のみを選択(せんじゃく)した法然(ほうねん)
      • 浄土宗に対抗した高僧・明恵(みょうえ)
      • 日本独自の仏教の誕生
    • 6章 〈民主主義〉の奇妙な発生
      • 日本で民主主義が成功し、キリスト教が失敗した理由
      • 日本に民主主義の文化伝統は存在したか
      • 多数決は「数の論理」ではなく「神意」の現われ
      • 中世に諸大寺が強訴(ごうそ)を繰り返した理由
      • 僧兵はいかにして生まれたか
      • 超法規的空間「荘園」内の秩序
  • 第二部 「職(つかさ)の代」から「名の代へ」
    • 7章 武家と一夫一婦制
      • なぜ武士の時代を「名の代」と名づけたのか
      • 盗賊の横行と自警団としての武士の台頭
      • 清盛の登場、「公地公民」との訣別
      • 頼朝はいかにして実質上の支配権を得たか
      • 一夫多妻を罪だとした北条重時
      • 女性への失礼を戒める家訓
      • 主従関係と血縁関係を、いかに調整するか
      • 現代の日本人に通ずる「気くばり」のすすめ
    • 8章 武家革命と日本式法治国家の成立
      • 承久の乱」は守護・地頭の人事権をめぐる正面衝突
      • 朝廷への叛乱を正当化する理論武装
      • 新しい武家的秩序の確立を目指した「貞永式目
      • 貞永式目」の起請文が意味するもの
      • 「式目」は中国の法律とは全く無関係
      • 武士も民衆も「律令」を知らなかった
      • 泰時が「式目」と名づけた理由
      • 脱中国・日本式法治国家の成立
    • 9章 武家法の特徴
      • 土地の所有権を規定する二つの条文
      • 一度所有した土地の相続は一切自由
      • 女子にも同等の権利と義務
      • 相続権を渡した妻と離婚したらどうなるか
      • 土地相続に幕府が介入する数少ない例外
      • 功績も責任も罪科も、一族ではなく個人にある
      • 「縁座」を認めない日本、罪九族に及ぶ中国
      • 十六夜日記』の主人公は、なぜ鎌倉へ向かったのか
      • 朝幕併存という日本独特の体勢の誕生
    • 10章 エコノミック・アニマルの出現
      • 室町時代貨幣経済が定着していた日本
      • 中国銭を輸入した平清盛の功績
      • 見返りに大量の金(きん)を輸出した日本
      • 鎌倉幕府の根幹を揺るがした貨幣経済の猛威
      • 高利貸し、銀行の誕生、変質する土地所有形態
      • 幕府による通貨禁止令の発令
      • 銭泥棒の発生にみる貨幣経済の浸透ぶり
      • 幕府体勢の基本、惣領制の崩壊
    • 11章 下克上と集団主義(グルーピズム)の発生
    • 12章 貨幣と契約と組織――中世の終わり
      • なぜ足利将軍は、豪奢な生活が可能だったのか
      • 「中国土下座外交」の元祖
      • 各種金融機関に支えられた室町幕府
      • 徳政一揆にかかげた幕府の制札
      • 部下が主君の行為を規定する法律制定
      • 起請文にみる毛利元就と家臣団の力関係
      • その四十年後の毛利家起請文
      • なにが戦国時代を終息させたのか
  • 第三部 名の代・西欧の衝撃
    • 13章 土一揆一向宗キリシタン
      • 日本人の心の中の終末的感覚
      • 下剋上の日本、農民の成長
      • 蓮如はなぜ、一代で真宗王国を築き上げたのか
      • 一向一揆による「百姓の持ちたる国」の出現
      • ザビエルの来日とキリシタン伝道
      • 蓮如の布教方式を継承したヴァリニャーノ
      • イエズス会による印刷・出版活動の目的
    • 14章 貿易・植民地化・奴隷・典礼問題
      • 宣教師たちは、日本に何をもたらしたか
      • シナ生糸と綿布貿易の仲介で巨額の利益を得たイエズス会
      • 秀吉のキリシタン禁止令の不思議
      • キリシタンに突きつけた五カ条の詰問状
      • 秀吉を激怒させた最大の理由
      • 中国、ヴェトナム、タイがキリスト教を禁止した理由
      • キリシタン禁止令の真意
      • サン・フェリーペ号航海士失言事件
      • 日本におけるキリシタン問題の特異性
    • 15章 オランダ人とイギリス人
      • 漂着リーフデ号のヨーステンとアダムス
      • オランダ国王から家康に宛てた手紙
      • イギリス人使節の観察した日本
      • 家康はなぜ、オランダ・イギリスを優遇したか
    • 16章 「鎖国」は果たしてあったのか
    • 17章 キリシタン思想の影響
      • 不干斎(ふかんさい)ハビヤンは、なぜ自ら転向したか
      • ハビヤンを笑えない現代人
      • 知識人に歓迎された「自然神学」的伝道方針
      • ハビヤンがキリスト教を棄てた理由
      • 東アジアの異端にして西欧キリスト教の異端
  • 第四部 伊達千広の現代
    • 18章 家康の創出した体制
      • 武家武家」の政治体制を築いた家康
      • 鎌倉幕府以来の伝統を受け継ぐ
      • 実質上、統制下におかれた朝廷と寺社勢力
      • 参勤交代制という巧妙な発明
      • 貨幣制度を確立した家康
      • 幕府の「統治神学」となった朱子学
    • 19章 幕藩体制の下で
      • 戦いの時代から経済の時代へ
      • 加賀藩の画期的な藩政改革
      • 農民の武装解除から「兵農分離」へ
      • 『日本永代蔵』にみる新しい産業の勃発
      • 新しい農具と技術の導入
      • 乞食でも大金持ちになれる世の中
      • 役割を失った武士の存在意義
    • 20章 タテ社会と下剋上
      • 日本はヨコ社会か、タテ社会か
      • 朝鮮外交をめぐる柳川調信(しげのぶ)の立場と役割
      • 柳川事件の驚くべき展開
      • 裁判の判決が意味することとは
      • 主君「押込(おしこめ)」の正統化
      • 藩政改革を阻む大きな力――阿波藩の場合
      • 厳密な意味の「専制君主」はいなかった
    • 21章 五公五民と藩の経営
      • 五公五民は農民搾取だったという常識のウソ
      • 生産性をあげるほど有利になる農民
      • 自給体制を促進した鎖国
      • 紙づくりで成功した津和野藩の場合
      • 渋沢栄一が記した藍作農家の税
      • なぜ日本の農民に、ある程度の余裕があったか
      • 武士の困窮ぶりと内職の実態
    • 22章 幕藩体制化の経済
      • 日本中の富が集中した大坂
      • 新しい「経済的人間」の出現
      • 鉄砲の大量生産を支えた日本の砂鉄
      • 日本独特のたたら製鉄の完成
      • 世界最大の銅精錬業者だった住友
      • 藩札発行の問題点、加賀藩の場合
      • 日本の鎖国を許さなくなった各藩の経済事情
    • 23章 江戸時代の技術
      • 暦にも時間にも使われる十干十二支の知恵
      • 世にも不思議な不定時法――時計を造り出した日本人
      • 渡来の時計に日本人が無関心だった理由
      • いかにして、朝夕と季節で針の動きを調整したか
      • なぜ、時刻が九八七六五四となるのか
      • 丸い文字盤も針もない日本独特の「尺時計」
      • 和時計の技術が精密工業の基礎を作った
    • 24章 江戸時代の民衆生
      • 江戸時代の庶民の基本法とは
      • 一人前とは何歳からか
      • 離婚なら、夫は妻に持参金を返却
      • 「小糠三合あれば養子に行くな」
      • 隠居しても親権は不滅
      • 核家族化は江戸時代に始まっていた
      • 長子相続制だったという大いなる誤解
    • 25章 江戸時代の思想
      • 日本独特の「町人学者」の出現
      • いかに幕府統治の正統性を理論づけるか
      • 幕藩体制を認めなかった純粋なる朱子学者・浅見絅斎
      • 中国絶対化からの明確な脱却
      • なぜ絅斎は、諸侯からの招聘をすべて断ったのか
      • 「絶命の辞」に見る正統性ある王朝へのこだわり
      • 思想が人を動かす時代の到来
      • 「仏法即世法」と説いた鈴木正三
      • 農業も日々の仕事もすべて仏行
      • 正三は、商人の利潤をどう考えたか
      • 石田梅岩による「石門心学」のはじまり
      • 正三と梅岩が築いた日本資本主義の精神
      • 李退溪と日本の朱子学者との共通点と相違点
    • 26章 現代日本人の原型
      • 言論の自由”が生み出した独創的思想家群
      • 不世出の天才・富永仲基
      • キイワードである「加上(かじょう)」とは何か
      • 仲基を高く評価した本居宣長
      • 独創的・現代的な天才の思想
      • 本業は升屋の番頭、異色の学者・山片蟠桃
      • 明治の日本人が進化論を抵抗なく受け容れた理由
      • 祖先の祭祀に対する蟠桃の考え方
      • 地動説も万有引力も知っていた山片蟠桃
      • 仲基的・蟠桃的考え方の系譜
    • 27章 現代日本国の原型
      • 西欧に先んじた日本の数学
      • 関孝和の正統の後継者、本多利明
      • 儒学と訣別した「脱亜入欧」の先駆者
      • 本多利明の説く日本の「四大急務」とは
      • 人口論におけるマルサスとの類似
      • 辺地の開拓振興を説く
      • 自給自足的経済論を否定、時代に先がけた開国論者
      • 「虚学」を排し「実学」を提唱した海保青陵
      • 商業を蔑視する武士気質を批判
      • 青陵の“藩株式会社”論
  • エピローグ 明治維新の出発点