『ディファレンス・エンジン』

 ウィリアム・ギブスンブルース・スターリングの共著。どちらかというと私はギブスンは苦手で、彼の著書『モナリザ・オーヴァドライヴ』は買ったものの読んでいない一冊。SFは、買った本はほぼ全て読んでいるので、読み進める気になれなかったのは珍しい。スターリングの作品も読む気になれず、これまで買ったことがなかった。けれど、本書はスチームパンクの先駆けとなった作品の再版だと紹介されていて、それならば読んでみようかと購入してみた。


 『モナリザ・オーヴァドライヴ』よりはぐっと取っ付きやすくて面白かった。蒸気機関が隆盛を誇る、ヴィクトリア朝の活気と猥雑感。その蒸気機関をコンピュータのように扱ったテクノロジーが、独特の雰囲気があって魅力的だ。史実が少しずつ既知のものとは異なりながら、興味深いテクノロジーに支えられて、歴史のうねりのように描かれている。アメリカから来たヒューストン将軍や、日本人の森有礼とその一行なども登場していて、時代の雰囲気を作り上げている。本書が書かれてから20数年ばかり経ってしまったが、元々古くさい時代背景が舞台なので、かえって今読んでも古びた感じがなく、十分面白かった。


 構成も凝っている。主人公の異なる短篇が寄り集まって、全体で一つの長篇に仕上げられている。前の方の登場人物が後の方で再び登場したり、前の方で登場人物がでまかせに行ってしまった行動が、後の方で大きく事態が動くきっかけとなっていたり、うまい具合に絡み合い、一つのストーリーができあがっている。


 各章の末尾には意味の分かりづらい表現がある。回想しているようでもあり、はっきりしない。いつ、どういうシチュエーションで書かれた記録なんだろうと考えながら読んでいると、ふと、今後どういう展開をしていくのかに思い当たった。ネタバレになると面白くないのではしょるが、だいたい予想していたような展開だった。


 本書の翻訳は、故 黒丸尚氏。この訳者は、私の好きな『テラプレーン』『ヒーザーン』の邦訳を手がけたことで記憶に残っている。非常に翻訳が難しい作品だったらしいが、彼の邦訳は秀逸で、一風変わった造語だらけのこのシリーズは、独特の情感と雰囲気と斬新さがあって私は気に入っていた。けれども黒丸氏が亡くなられたせいか、全6巻のシリーズのうち、この2冊以降は続編が発行されなかった。非常に残念なシリーズである。