『時間封鎖』

あらすじ

ある夜、空から星々が消え、月も消えた。翌朝、太陽は昇ったが、それは贋物だった…。周回軌道上にいた宇宙船が帰還し、乗組員は証言した。地球が一瞬にして暗黒の界面に包まれたあと、彼らは1週間すごしたのだ、と。だがその宇宙船が再突入したのは異変発生の直後だった―地球の時間だけが1億分の1の速度になっていたのだ!ヒューゴー賞受賞、ゼロ年代最高の本格SF。

カバーより

あらすじ

界面を作った存在を、人類は仮定体(仮定上での知性体)と名付けたが、正体は知れない。だが確かなのは――1億倍の速度で時間の流れる宇宙で太陽は巨星化し、数十年で地球は太陽面に飲み込まれてしまうこと。人類は策を講じた。界面を突破してロケットで人間を火星へ送り、1億倍の速度でテラフォーミングして、地球を救うための文明を育てるのだ。迫りくる最後の日を回避できるか。

カバーより

 評価が高いので*1前々から気になっていた作品。あまり好みの路線ではないような気がしてまだ読んでいなかったのだが、短時間で本を選ばなければならなかったので、これなら間違いないだろうと購入してみた。三部作となるらしく、本書『時間封鎖』Spin、『無限記憶』Axis、『Vortex』(未刊・未訳)と続いているそうだ。


 ある日突然星が消えた。地球はすっぽりと謎の膜で覆われてしまっていた。これを作ったのが何者で、なぜ覆われてしまったのかまったくわからない。この現象は〈スピン〉と呼ばれ、これを作ったのではないかと考えられるものは存在するかどうかもわからないまま〈仮定体〉と呼ばれた。膜の内側となった地球では、外側の宇宙より時間の進み方が極端に遅くなっていた。地球で1年が経つ間に、外の宇宙では1億年が経過する。このままでは太陽の寿命が尽きてしまうのではないかと、人びとの間に悲壮感が漂う。


 壮大なスケールを感じさせる設定だが、科学的な説明などはほとんどされない。そもそも何が起こっているのかということは人類にはわかっていないのだ。難しい解説は抜きのまま、こうした特殊な状況に直面した人びとの心理的な葛藤などに焦点が当てられて、主人公タイラーの一人称で、幼なじみのロートン家の姉弟との関係が丁寧に描かれている。


 金持ちのロートン家の長男ジェイスンは天才で、大人になるとスピンに対する政策にやがて大きく関わっていく。タイラーは彼の主治医となり、持病の隠蔽に手を貸す。一方、その姉のダイアンにタイラーは思いを寄せるが、ダイアンは重くのしかかるスピンへの不安から逃れようとして宗教に救いを求める。彼女が必要としていたのはタイラーではなく、二人はくっつきそうになりながらもすれ違ってしまう。その他にもいけ好かないロートン家の家長E・Dとの軋轢など、SFというよりもむしろ人間関係の機微に焦点が当てられている。


 時間軸が二つ並行して描かれているので、読んでいて少しややこしい。タイラー達が少年時代から順を追って大人になっていくのが描かれる合間に、西暦4×109年に起こった出来事が挿入されている。


 西暦4×109年の時間軸では、具合の悪いタイラーがダイアンと共に何者かから逃げている。タイラーがなぜ具合が悪いのか、ダイアンとはどういう間柄なのかもよくわからないまま、緊迫した状況が続く。ここにいきなり火星人が登場したりして戸惑うのだが、二つの時間軸はやがて収束し、ひとつにつながってゆく。


 世界が壮大なスケールで激変する時代に、それでも日常生活を生きていかなければならない人びとの心情が丁寧に描かれていて好感が持てるし、表現も美しい。SF的には、地球人が火星に試みた実験がどう結実し、スピンが世界をどのように変えていくのかが見所だ。


 火星人に『レッド・マーズ』(感想はこちら)などの火星を舞台にしたSFを読ませるくだりがあり、面白かった。漫画だけれども、個人的にはぜひ『スター・レッド』(感想はこちら)も読ませてあげたい。


 ところで、日本語訳に読点が多く若干それが気になった。読点は多すぎても読みにくいと思うのだけれども。

*1:2006年ヒューゴー賞受賞、2008年『SFが読みたい!』海外篇1位、第40回(2009年)星雲賞受賞