『魚舟・獣舟』

  • 著者:上田早夕里
  • 出版:光文社
  • ISBN:9784334745301
  • お気に入り度:★★★★☆

あらすじ

現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。そこに存在する魚舟、獣舟と呼ばれる異形の生物と人類との関わりを衝撃的に描き、各界で絶賛を浴びた表題作。寄生茸に体を食い尽くされる奇病が、日本全土を覆おうとしていた。しかも寄生された生物は、ただ死ぬだけではないのだ。戦慄の展開に息を呑む「くさびらの道」。書きおろし中編を含む全六編を収録する。

カバーより
収録作品

「魚舟・獣舟」/「くさびらの道」/「饗応」/「真朱の街」/「ブルーグラス」/「小鳥の墓」

 終末感漂う和製SFの中・短篇集。表題作の「魚舟・獣舟」というタイトルもそうだが和の要素の取り入れ方が絶妙で、それでいてSFとしてもカッチリしている。作品はいずれも暗いトーンで、独特の不気味な余韻が漂う。けれども、ホラーに走っているわけではないところがいい。

「魚舟・獣舟」

 これほどの世界観をよくこの短い中にまとめたものだと感心する。


 「和」というより「倭」の雰囲気のある素朴な海の民の生活が描かれている。彼らの生活に密着しているのが、「魚舟」「獣舟」という聞き慣れない生き物だ。こんな名前の何だかわからない生き物が登場する時点でワクワクする。しかも、

これは魚舟じゃない、獣舟だと私は直感した。P7より

ときたもんだ。いやが上にも興味をそそられる。物語が進むに連れこの生き物の正体が明かされ、海の民との深い絆が明らかになってゆく。また、どうしてこのような世界になったのかも、おぼろげながら見えてくる。


 ラストに向けての盛り上がり方がドラマチックだ。一方で、彼らが今後どうなっていくのかは予測もつかず、得体の知れない恐さがある。しかもこちらの思い入れなどはぶったぎる。果たしてヒトとは何なのか、根源を揺さぶられる秀逸な作品だ。

「くさびらの道」

 人間に生える茸の話。茸ではあるが、致死率が高く薬に対して耐性を持ったものまで現れるなど、世界的規模の感染症のような扱いだ。またこの茸にはある作用があり、それが被害者の拡大に一役を担っていた。実社会でも新型インフルエンザや口蹄疫など伝染力の強い感染症が騒がれているが、封じ込めるのは大変そうだ。

「饗応」

 短いストーリーだが、何の変哲もない日常と思われたものが一瞬にしてSFへと変わる、くらりと来る転換が素晴らしい。

「真朱の街」

 妖怪ネタ。妖怪が闊歩するようになった街が舞台。「異形」に遭遇してびっくり、という話に終わらず、どちらが「異形」なのかが仕舞いにはわからなくなっていくあたりが良い。

ブルーグラス

 ダイビング好きの主人公がかつての恋人に思いを馳せる話。他の作品に比べると、少し印象が薄いしSF色も少ない。

「小鳥の墓」

 書き下ろし中篇で、この本の半分くらいはこの作品で占められている。この中・短篇集に登場する主人公達の多くはあまり人好きのするタイプとは言いがたいのだが、中でもこの作品の主人公は輪をかけてねじくれている。『火星ダークバラード』という別の長篇作品のスピンオフだそうで、これに登場していた脇役を主人公にして、その思春期時代を描いたのが本作のようだ。複雑な人物の内面が描かれた力作だ。




 「小鳥の墓」もそうだが、テーマが「異形」だからなのか、主人公にどうも共感しづらい。ずいぶん突き放した書き方をするものだと思っていたら、作者は女性なのに主人公は皆男性だった。異性を主人公にして書こうと思うと、確かに突き放したような書き方になってしまうものかもしれない。それに、ひねた人とかねじれた人というのは、実は書いていて面白い。とはいえ、私は女性作家が女性を主体に書いた話が好きなので、この作家のそういった作品も読んでみたいものだ。