『フラッシュフォワード』

あらすじ

全世界の人びとが自分の未来をかいま見たら、なにが起こるのか?2009年、ヨーロッパ素粒子研究所の科学者ロイドとテオは、ヒッグス粒子を発見すべく大規模な実験をおこなった。ところが、実験は失敗におわり、そのうえ、数十億の人びとの意識が数分間だけ21年後の未来に飛んでしまった! 人びとは、自分が見た未来をもとに行動を起こすが、はたして未来は変更可能なのか……ソウヤーが時間テーマに大胆に挑戦する問題作

カバーより

 AXNで7月から放映予定の『フラッシュフォワード』。CMを見て、ロバート・J・ソウヤー作のSFと同じタイトルだなーと思っていたら、まさにそのSFを原作にドラマ化したものだった。SFもメジャーになったものだとちょっとびっくり。ドラマや映画ばかりでなく、もっとSF小説も盛んになるといいのだけれど。


 ソウヤーの作品は、最初に邦訳された『ゴールデン・フリース』がたいへん面白かったので、以来必ず買っている。だが、『フラッシュフォワード』はどんな内容だったか全く記憶がなかった。本書が出版されたのは2001年1月なので、9年前である。『ゴールデン・フリース』、『占星師アフサンの遠見鏡』、『さよならダイノサウルス』、『イリーガル・エイリアン』(感想はこちら)、『ホミニッドー原人ー』三部作(感想:『ホミニッド−原人−』『ヒューマン―人間―』『ハイブリッド―新種―』)など、奇想天外で個性的な作品が多い彼の作品の中では、『フラッシュフォワード』はあまりインパクトがなく物足りなかった気がする。ドラマが放映される前に読み直さなきゃと思っていたのだが、何とか間に合った。


 量子物理学者のロイド・シムコーと共同研究者のテオは、CERN*1ヒッグス粒子を生み出すための実験を指揮していた。2009年4月21日、実験開始と同時に、世界中の人びとが一斉に意識を失って倒れた。その間約2分間。多くの人はその間、夢よりも現実感のある光景を目撃していた。事故などによる死亡者も多く、世界中は大混乱。やがて、人びとは意識を失っていた間、21年後の同じ未来を一斉に目撃していたということがわかってきた。


 テオはビジョンを見なかったが、その後寄せられた情報により、21年後のその時刻には、誰かに殺害されていたことがわかってきた。果たして彼は自分自身を殺した犯人を突き止めて、殺害を未然に防ぐことができるのか。


 『ゴールデン・フリース』もミステリー仕立てのSFで面白かったが、この作品にも、テオの殺人事件を解決して防げるのかといった要素があって面白い。ラストでは、張り巡らされていた伏線がうまくまとまって収拾がついていた。こういうしかけはソウヤーはうまい。未来が果たして変更可能なものなのか、未来を目撃したことでその後の人生がどう変わっていくのかといった所も見所の一つだ。


 だが、やはり他の作品と比べるとインパクトは薄い。もっと面白い作品がたくさんあるのだ。思えば、ソウヤーの作品には人間以外のものが登場することが多かった。アフサンみたいな恐竜もどきや、宇宙人や、ネアンデルタール人などが登場し、人間くさかったりまったく異質だったりする行動や考え方を披露する。私が面白いと思う作品は、どちらかというとそういった作品だった。彼は人間以外のものを生き生きと描く才能があるのだ。また、そういった作品は設定自体も現実の世界と大きく異なるので、あっと驚く展開となることが多くて面白い。


 とはいえ、この作品は現状の量子物理学の延長線上にきちんと位置して書かれたSFのようだ。現実と大きくかけ離れすぎていないし、未来を見たら人びとはどう行動するかといったところに焦点が当てられているので、SF慣れしていない人が読んでもとっつきやすいだろう。


 この作品を最初に読んだ9年前は、私もここで書かれている量子物理学の知識がさっぱりなかった。その後、リサ・ランドール著の『ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く』(感想はこちら)を読んだ。この著書では、素粒子物理学の分野でどういうことがどういう経緯で研究され、今後何を証明しようとしているかといったことなどが、わかりやすく説明されていた。CERNヒッグス粒子についても、言及されていた。だから9年前に読んだときよりは、少しはわかっているように思う。


 ドラマの初回を観たが、原作とはずいぶん異なるようだ。目撃する未来も21年後ではなく2年後だ。この差はけっこう大きい。2年後というと現在とそれほど変わりがない日常を過ごしていそうだが、20年も経つとかなり変わっていることが予想される。主人公もCERNの研究者ロイドではなく、FBIの捜査官だった。ただしロイドは、ドラマでは脇役として登場しているようだ。


 また、原作では人びとが意識を失っていた間、監視カメラなどの映像には、ホワイトノイズのみで何も映っていなかった。しかしドラマでは人びとが一斉に倒れている様子が映っていた。おそらく印象的なビジュアルとなるので、ドラマには揃って倒れるシーンを入れたかったのだろう。


 しかも、一斉に倒れたこの出来事が、もしかすると人為的なものかもしれないと示唆する映像までが映っていた。原作ではこの出来事は、実験と自然界の出来事がたまたま重なったことにより起こった偶発的な出来事だった。ドラマではここが大きく異なっているのかもしれない。SF色が薄まり、テロとの戦いに転びそうな気がして少し心配だが、とはいえドラマもなかなか面白そうだ。


 このドラマを機に、ソウヤーのSFがもっと脚光を浴び、放置されたままの『占星師アフサンの遠見鏡』の続篇が出版されると嬉しいのだが。

*1:CERNについては、ここのニュースが参考になる