『時間のかかる彫刻』

あらすじ

著者満悦の中編「ここに、そしてイーゼルに」を劈頭に、ヒューゴー/ネビュラ両賞受賞の話題作、地球を追われた少年少女の成長譚「箱」、十二編を収録。本書は、著作リスト上の数年の沈黙を破ってシオドア・スタージョン自ら健在と成長を宣した、往年の名品集である。(『スタージョンは健在なり』改題) 

カバーより

 シオドア・スタージョンは結構好きな作家の一人だ。もうずっと以前に読んだ『夢見る宝石』と『人間以上』がなかなか良かったからだ。彼の作品は社会的な弱者に対するまなざしが暖かい。そもそも「弱者」と言ってしまうと、その時点で自分が強者に立って見下ろして憐れんでいるような色合いが出てきてしまうが、彼の場合は憐れみなどではなく、むしろ憧れにも似た人間讃歌を感じる。また、彼の文章は幻想的で美しい。『夢見る宝石』というタイトルにしても、なんと美しいイメージがあるんだろうと、当時思ったものだった。それにシオドア・スタージョンという名前の響きも美しくて好きだ。


 けれども、日本では彼の作品はあまり紹介されていなくて、私も前出の長編2冊しか読んだことがなかった。今回復刊されたこの短編集は、サンリオSF文庫から1983年に出版された『スタージョンは健在なり』が改題されたものだ。今読むと翻訳の文章が少し堅い感じがする。原作自体も1970年前後に書かれたものがほとんどなので、時代を感じさせられるのは仕方ないだろう。こうして彼の作品をあらためて読んでみると、人間に対する洞察が鋭く哲学的だなぁと思う。この中では「箱」が一番気に入っているが、作者のお気に入りの「ここに、そしてイーゼルに」も素晴らしいし、「時間のかかる彫刻」なども優れた作品だ。軽妙で歯切れの良い短編は、どことなく星新一氏のショートショートを思わせる。SFかどうかは判断がつきかねる作品もいくつかある。

「ここに、そしてイーゼルに」

 絵を描けなくなっていた画家ジャイルズが、再び絵を描く理由を見出す中編。夢想にふけっていたジャイルズの元に一人の女性が現れて大金を提供する。現実で繰り広げられるジャイルズの話に、騎士ロゲーロの幻想的なファンタジーがかぶさる。ロゲーロは魔法使いアトランテスと戦い、ヒポグリフ*1を乗り回して美しき乙女を怪物から救出する。そしてロゲーロの得た称号は、「心根が優しく、いささか間の抜けた男」。一方、ジャイルズは自分がなぜ絵を描くのか、どうしてもう描けないと思っていたのかを理解し、描く題材は身の回りにあふれていたことに気がつく。この話は、書けなくなっていた作家が再び書く理由を見出す、スタージョン自身の話でもある。

「時間のかかる彫刻」

 引きこもりの発明家と、彼の偉大な発明で治療された癌患者の話。コミュニケーションが苦手な発明家に、どう人と接すればうまくいくかをアドバイスするシーンで、盆栽が効果的な小道具として使われている。説得力のあるアドバイスである。しかし、どうでもいいことだが、15フィート(約4.5m)もある木が盆栽かどうかは微妙だと思う。盆栽と言うからには鉢植えでなければならないが、光の当たる方向を変えると書かれているので、鉢植えという条件は満たしているようだ。ぐぐってみると、盆栽の大きさの上限は、一人で持ち運べ、床の間に飾れることらしい。

「きみなんだ!」

 一目ぼれした男女が、しだいにうまくいかなくなる話。自分の好みを人に押し付けても、うまくいかない。それはお互いの考え方しだいだとも思うけれども。ある程度は相手に合わせて自分を変える努力もしなければ、コミュニケーションはうまくいかないと思う。

「ジョーイの面倒をみて」

 他人のために自己犠牲を払う人を、そんな人がいたら自分の信じる世界がひっくり返ってしまうという理由で探し求めている人の話。始終騒ぎを引き起こすジョーイの面倒を見ている男を目にし、彼がなぜ自己犠牲を払ってジョーイの面倒を見ているのか、理由を探ろうとする。

「箱」

 地球に居場所のない落ちこぼれの子供たちが、他の惑星に移住させられる途中、事故で不時着してしまう。保護監察官のミス・モーリンは、人類にとって最高の宝が入っているという箱を、力を合わせて街まで届けるよう、子供たちに指示する。仲たがいや道中の危険を乗り越えて、届けた箱に入っていたものとは? みんなをまったく違う人間に変えることができたという言葉が印象的。「人を愛する」というテーマは作者の考え方が問われる難しいテーマだと思うが、この作品は深みのある優れた作品だと思う。

「人の心が見抜けた女」

 命を狙われている男が、人の心が見抜ける女と出会う。人は思っていることと違うことを言う。ちょっとブラックでシュールな作品。

「ジョリー、食い違う」

 悪い友達と付き合っているジョリー。両親の注意に耳をかさなかったけれど、ようやく両親の気持ちを察し、改心する決意を固めた。しかし、ちょっとした食い違いからジョリーは…。これもブラックな作品。しかし、こういうことは実際しょっちゅう起こっているんだろうなぁ。

「〈ない〉のだった――本当に!」

 ヘンリー・メロウはトイレの中で世紀の大発見をし、トイレットペーパーを片手に飛び出して来た。彼の発見は、軍と産業界を震撼させた。決して破壊できない、どこにでもある物質とは? 不条理SF。

「茶色の靴」

 人の役に立つ偉大な発明をしたメンシュ。彼はそれを世に出すために、周到な準備の上で発表した。そうして得た莫大な財産と引き換えに、彼が失ったものとは? 自分の本心を自分自身にも隠してしまう人は、他の人が直感的にそれを察しても、自分が理解されていないと感じる。自分を直視したくないのだから、それが本当の自分ではないと感じるのも無理もない。茶色の靴を履いているのは、茶色の靴を履くことを選んだからである。 「昔のあなたは人間を心から愛していた」というフォーナの言葉が印象的。

「フレミス伯父さん」

 物をちゃんと動くように調整するコツを心得ているフレミス伯父さん。古くなって調子が悪くなったものでも、彼がたたくと調子よく動いた。そんな伯父さんに、甥の「ぼく」は都会の思いがけないところで再会した。「生きているものは変わるのが本当なんだ」と語る伯父さんの持つ、特殊な能力をとは?

「統率者ドーンの〈型〉」

 統率者ドーンを暗殺しようとする、大佐の話。1970年初出の作品なので、コンピューターに対する認識が過大評価ぎみ。

「自殺」

 自殺を試みたボイル。しかし失敗し、痛みをこらえて崖の斜面をよじ登り始める。

*1:馬を母親、グリフォンを父親とする動物。グリフォンは、雌のライオンと雄の鷲のあいだの子