『第六ポンプ』

あらすじ

化学物質の摂取過剰のため、出生率の低下と痴呆化が進行したニューヨーク。市の下水ポンプ施設の職員である主人公の視点から、あり得べき近未来社会を描いたローカス賞受賞の表題作。石油資源が枯渇し、穀物と筋肉がエネルギー源となっているアメリカを舞台に、『ねじまき少女』と同設定で描くスタージョン記念賞受賞作「カロリーマン」。身体を楽器のフルートのように改変された二人の少女を描く「フルーテッド・ガールズ」ほか、本邦初訳5篇を含む全10篇を収録。ヒューゴー賞ネビュラ賞/ローカス*1受賞の『ねじまき少女』で一躍SF界の寵児となった著者の第一短篇集。

裏表紙より

 新☆ハヤカワ・SF・シリーズの第二回配本。作者のバチガルピは『ねじまき少女』(感想はこちら)で、資源や食料など何もかもがひっぱくし、物事はどんどん悪いほうへと転げ落ちていく、そんな焦燥感にあおられた未来像を描いてみせた。本書『第六ポンプ』も『ねじまき〜』同様にディストピアな未来像だ。アメリカ風の価値観を醜悪なほど極端に突き詰めてみた、そんな未来像がさまざまなバリエーションで描かれている。だが、これらの中にもほんのわずかに希望や善や正義といったものが描かれている。他がこれでもかというほど救いが無いだけに、かえってそのかすかな光が貴重に感じられる、そんな短篇集だ。


 収録作品は、「ポケットのなかの法」、「フルーテッド・ガールズ」、「砂と灰の人々」、「パショ」、「カロリーマン」、「タマリスク・ハンター」、「ポップ隊」、「イエローカードマン」、「やわらかく」、「第六ポンプ」。このうち「カロリーマン」と「イエローカードマン」は『ねじまき少女』と同じ世界観を持つ作品だ。

「ポケットの中の法」

 個人的にはとても好み。このくらいの少年が主人公として活躍する話はもともと好きなのだ。背中がねじれ曲がった主人公のワン・ジュンは、小さくて弱いが機転が利く。したたかな面もあるが、子供らしい純真さをまだ失っていない。たまたま預かった青いデータキューブの中に入っていたのは、思いもよらないものだった。このキューブをめぐっていくつもの命が失われていく。どんな未来が行く手に待ち受けているのかわからないが、ワン・ジュンならきっと切り抜けるのだろうと予感させる終わり方だ。生きている生物都市活建築フォチェンズーがとてもいい。

「フルーテッド・ガールズ」

 これもなかなかいい。特に冒頭が興味をそそられる。「フルート化された少女」とは、いったいどんな少女なのか。これが何とも非人道的かつエロティック。二人の姉妹が演奏するシーンのなんと官能的なことか。こうして描き出されるのは、個人が株式市場で売りに出され、投資対象となっている社会。この発想は面白い。期待に満ち、張りつめた一瞬のまま物語が終わってしまうところが心にくい。

「砂と灰の人々」

 手脚が切り取られてもすぐにまた生え、皮膚装飾のために全身にブレードを埋め込んだり、脆弱さを体験するために四肢を切り落としたりするのが流行っているスプラッタな未来。自然環境には水銀や鉛などの毒物が含まれている。人間の腹にはこうした毒を中和するゾウムシがいて、砂や石を消化して栄養に変えることができる。鉱山で戦術防衛対応要員として働くチェンたちの3人組は、本物の犬を見つけた。鉱山性酸性水を飲んでこれまで生きてきたらしい。珍しさのあまり飼うことにしてみたが、自然の犬のあまりのもろさと手のかかりように驚く3人。犬よりも人間の変わりように戦慄する物語だ。

「パショ」

 伝統に忠実に生きているジャイ族。彼らはケリ族などを聖戦で焼き殺してきた。しかし、ジャイ族のラフェルはケリで修行を積み、パショとなってジャイに戻ってきた。パショの知識を学んだことで敬われるものの、一方で伝統に忠実であろうとする彼の祖父などからは非難されるラフェル。戦争を防ぎ平和をもたらすためにラフェルがとったのは、ジャイ族でありパショでもある解決方法だった。

「カロリーマン」

 『ねじまき少女』と同じ世界観を持つ作品。『ねじまき〜』の舞台はタイだったが、こちらの舞台はニューオリンズだ。カロリー企業のアグリジェン社は、ここでも知的所有権IP使用料をがめつく取り立てている。カロリーとは穀物のこと。カロリー企業は病気や害虫やウィルスなどに強い品種の大豆やトウモロコシなどを、遺伝子組み換えでつくりだした。こうして組み替えた品種以外の穀物は、汚染されていて育たない。世界は飢えているが、カロリー企業がエネルギーを独占している。古美術商のラルジは、ある元カロリーマンをボートで上流から運んで水門を通過させるよう依頼された。メゴドントに巻かせたゼンマイを動力源とするボートに乗りこみ、IP警察が目を光らせるなか上流へと向かう。元カロリーマンは、カロリー企業の独占を自分は打破することができるとラルジに語った。

「タマリスクハンター」

 タマリスクは成長すると多くの水を吸うため、これを刈って届け出ると報奨として水の配給を得られる。タマリスク・ハンターのロロはこうして生計をたてていた。大渇水で、水利権を持つカリフォルニア以外の地域は水不足だ。ハンターの仕事も競争が激しくなってきているので、この仕事をずっと続けていけるよう、彼はある秘策を講じてきた。彼の秘策とは…。大渇水となり、わずかな水利権を持つ人しか生きがたい未来が描かれている。

「ポップ隊」

 若返り手術が一般的となった未来。ポップ隊の「私」の仕事は、ある特定の女性や子供たちを見つけ出し、「ポップ」することだ。彼がポップした子供の一人が絶滅した恐竜のぬいぐるみを持っていた。恐竜の象徴する二重の意味に、複雑な心情をいだく「私」。彼女たちはなぜ、美しく豊かで長生きできる生き方をやめ、汚くぶよぶよと老いていく生き方を選ぶのか。「ポップ」という陽気なひびきとその内容のギャップが強烈だ。

イエローカードマン」

 これも『ねじまき少女』と同じ世界観。あとがきによると、この作品がシリーズの元となったそうだ。マレー半島からタイへと逃げてきたイエローカード華人難民のチャン*2。彼はかつてクリッパー船団を持つ企業の経営者だったが、財産も家族もなくしてしまった。仕事を得るために外国人の経営する工場へと向かうが、競争は熾烈で出遅れる。かつてマレーシアにいた頃クビにしたマー・ピンが、今では裕福になっていて話しかけてくる。しかしチャンはついにチャンスをつかんだ。彼がつかんだチャンスとは…。

「やわらかく」

 妻を殺してしまった夫の話。妻の死体はバスタブに浮かんでいて、スコップを借りにきた隣人に殺人を告白するが、相手にしてもらえない。日常の中に非日常が埋もれ、そのまま普通の日が続いていく。この話だけは現代を舞台とした話なのだが、こうしてディストピアなSFと一緒に収録されていてもまったく違和感のないところがすごい。

「第六ポンプ」

 人々の能力や知識が劣化し、かつての技術がどんどん失われつつある未来。下水処理場で働くトラビスは、ポンプの異常を報告された。市内のあちこちでトイレが使えなくなっている深刻な事態なのに、まったく切迫感のない部下たち。人々は幼児化し、半猿半人のトログが街中で子作りにはげんでいる。トラビスはマニュアルを調べてみたが、第六ポンプだけはどうしても動かない。これまで行ったことのない地下深くの暗きょまで行ってみると…。うちの会社でも親会社の親会社から天下ってくる役員達が、ここ数年でどうしようもないほど幼児化してきているので、他人事ではない感じだ。

*1:賞が脱字?

*2:『ねじまき〜』にホク・センとして登場しているのが彼のようだ