『獲物のQ』

あらすじ

かつてはキンジーを威嚇恫喝し、大いに畏れさせていた昔なじみのドーラン警部補も、寄る年波からか健康を害し、今は捜査の第一線から身を引いている。そんな彼が突然訪ねてきた。聞けば、かつての先輩である元刑事のステーシーが癌に冒され、余命いくばくもない。ステーシーの、そしてドーラン自身の心残りになっている事件の解決に手を貸してくれないかと言うのだ。事件は18年前、偶然にも彼ら二人が第一発見者となった他殺死体遺棄事件。郊外の石切場付近に打ち捨てられ腐乱していた、少女のものと思われた死体で、全身に多数の刺し傷が認められた。だが、多くの遺留品にもかかわらず、ついに死体の身元は判断せず、ジェーン・ドウと名付けられたまま、警察の記録書類のなかに埋もれていたのだ。退屈な日常の調査業務にうんざりしていたキンジーは、依頼を引き受ける。だが、二人の老刑事とともに遺体の発見現場に向かったキンジーは、そこで思わぬ事態に直面する……

1969年8月、サンタ・バーバラ郡で発見され、以来今日に至るまで身元不明のままという、現実のジェーン・ドウ事件にインスパイアされて執筆し、全米で大きな反響を呼んだ最新作。

カバー折り返しより

 女性探偵キンジー・ミルホーンシリーズ。『アリバイのA』に始まってB、Cとアルファベット順にタイトルが続き、本書『獲物のQ』は17作目にあたる。このシリーズは書かれた年代と物語の中の年代が少しずれていて、書き始められた1980年代当初から何年かしか経っていないという時代設定となっている。そのためか時の流れが緩やかで、キンジーはいまだにコンピュータなどは使わずタイプライターを愛用し、インデックスカードに情報を書き出して推理している。


 主人公キンジーは幼い頃両親を事故で亡くし、変わり者の叔母に育てられた。そのせいかキンジー自身も少し変わっている。女性っぽい女性が苦手でおしゃれに自信も興味もない。独立心が旺盛で好奇心旺盛。他人の生活を覗き見るのが好き。警官だった父親の影響で警察に勤務した後独立し、探偵を営んでいる。覗き見趣味はこの仕事にうまく活かされている。錠前やぶりの道具で密かに鍵をあけて侵入し、探ることもある。仕事上、ハードな立ち回りに巻き込まれることもあるので、ランニングやジムでのトレーニングはかかさない。女性ながら、一匹狼でプロに徹しているところが読んでいて気持ちが良い。キンジーの、几帳面だが、型にはまらず自分らしく生きている自然体なところがけっこう気にいっている。しかしジャンクフード好きなところはあまりいただけない。彼女が美味しいと思って食べているものが美味しそうには感じられないし、健康にも悪そうだ。



 今回キンジーは18年前の未解決の殺人事件に取り組む。キンジーの父親の元同僚のドーラン警部に頼まれた仕事だった。ドーランは採石場で発見されたこの身元不明の若い女性の遺体の第一発見者で、同じく発見者となった先輩のステーシーと当時捜査を担当していたのだが、事件は解決できなかった。この事件は長年二人の懸案事項だった。


 大病を患った直後のステーシーは自分はもうすぐ死ぬと思いこんでいた。ドーランはステーシーが生きる張り合いを失っていることを心配していて、この事件を捜査することで彼が元気を取り戻せるのではないかと考えていた。そこで自腹を切って、自分達と共に捜査して欲しいとキンジーに依頼する。


 レギュラーの一人として毎回登場しているドーランだが、今回は奥さんを亡くした後で、アルコールと不摂生がたたって荒れている。ドーランとステーシーはお互いを気遣いあって不摂生を注意しあい、どちらも好きにさせてくれと譲らず、けんかばかりしている。


 事件の被害者は若い女性で、ヒッチハイクでトラブルに巻き込まれたのではないかとされていた。犯人として一番怪しまれていたのは事件の少し前に別の殺人事件で逮捕されたフランキー・ミラクルだったが、証拠が不十分だった。キンジー達は再度事件を調べなおし、手がかりを丹念に追い始める。やがてある砂漠の小さな町がうかびあがってきた。住民は皆が知り合いどうしのような小さな町で、意外な人物関係が次第に明らかになってゆく。最初は無意味に思えた報告書上の小さな事柄が次第に意味を持ち始め、捜査は進展して行く。


 書いてある事柄を丁寧に読み返しながら読むという、推理小説ならではのじっくりとした読み方を、久々に経験した。この作者は情景描写が細かく、そこに事件の手がかりが何気なく書かれているので、うっかり見落としがちだ。



 このシリーズはずっと読み続けているので安心して読める。登場人物達も長いシリーズの中で少しづつ変化していて、本筋ではないがそれらのドラマも楽しみの一つとなっている。ドーランも初回からの傍役の一人だし、家主のヘンリーや、よく行くレストランのオーナーのロージーなどのサイドストーリーも気になる所だ。また、今回キンジーは予期せぬ親戚との交流によって心を揺さぶられる。キンジーの母方の親戚なのだが、長年身寄りがないと思っていたキンジーは、親戚との交流に戸惑う。キンジーの母親と祖母達との間の確執が、今回明らかになっている。