『シリンダー世界111』

あらすじ

〈AIソース〉と呼ばれる人工知性集合体が深宇宙に建造したシリンダー型ステーション“111”。直径千キロ、長さ十万キロにおよぶ巨大建造物で、殺人事件が発生した。この特異な世界に生息するウデワタリという生物を研究中の女性職員の一人が殺されたのだ!事態を重く見たホモ・サップ連合外交団は、敏腕捜査官アンドレア・コートを派遣したが……奇怪な世界を舞台に美貌の女探偵の活躍を描く傑作ハードSFミステリ!

カバーより

 久々に本格的なSFが出たかと思って買ってみたのだが、読んでみると今ひとつでちょっとがっかり。帯には

『リングワールド』以上の特異な巨大構造体を舞台にミステリ仕立てで展開する傑作ハードSF巨篇!

とあるのだが、もしかしてこれって、“『リングワールド』以上の傑作ハードSF巨篇”ではなくて、構造体が“『リングワールド』以上に巨大”ってだけ!? 全然ハードSFじゃないと思うんだけど。


 まず、主人公のアンドレアが鼻持ちならない。子供の頃に起きた事件が原因とはいえ、ここまでひねくれなくてもいいだろうに。死に直面した彼女がこれまでの自分自身の態度に問題があったことに気がついたのは、まだしもの救いだ。けれども、あまりに性格が変わり過ぎていて、これはこれで鬱陶しい。


 次に、ミステリー仕立ての割には捜査方法や犯罪の立証などがお粗末だ。現場に残された証拠などはたいして調べもせず、もっぱら聞き込み捜査ばかり。不自然に思える点もたくさんある。犯人が身を隠したまま誰にも気付かれずに長期間潜伏できたというのも腑に落ちない。その間、手の込んだ脅迫メールを送ったりアンドレアの殺害を企てたりしているというのに。アンドレアが自分の推理を突きつけ、当人もそれを認めたために解決したことになっているが、移動手段や犯罪に使われたツールなどについては調べもせず、「ここから先はわたしの仕事ではない」と謎のまま終わってしまう。こんなの有り? これでは読者を納得させるのは難しい。おまけに、ひねりがたいしてないので、ギブの職権乱用についてのみならず、犯人が誰なのかまで種明かしをされる前に見当がついてしまう。


 さらに、SFの部分でも魅力が薄い。確かに小道具だけはSF的だ。人工知性集合体の建造したシリンダー型宇宙ステーションだとか、かれらが知的生命体のウデワタリを作ったとか、二人の人間の精神が一つに繋がったサイ・リンク・カップルが活躍するとか、それっぽくはある。スローモードで戦うウデワタリなど、面白い点も無くはない。


 けれども、事件を契機にして価値観や世界観などが何か変化したかというと、そうではない。まぁ、ウデワタリの宗教観については確かに興味深かった。でも、すべてにおいて「それまでは謎でしたが、実はこうだったと判明しました」というスタンス。謎が解けたというだけではSFとは言えない。また、SFでミステリーを展開するならば、世界観の変化にミステリーがきちんと組み込まれて作動しなければ面白くない。


 SFミステリーの傑作『鋼鉄都市』(アイザック・アシモフ作)では、殺人事件がロボット三原則と密接に絡み、アシモフ自ら構築したロボット三原則そのものに疑問を投げかけた。おまけに鋼鉄で覆われた都市の閉塞的な社会のあり方を否定して、新しい未来を提唱していた。肝心なのは、事件を解決することによって価値観が変容して新しい未来のビジョンが開けたことだ。アシモフの作品の中でも私が最も好きな作品の一つだ。巨匠アシモフと比べてしまうのは酷な気もするが、SFでミステリーを展開するなら、こうであって欲しい。


 『シリンダー世界111』に不自然さが目立つのは、そもそも設定の段階から無理がありすぎるためだろう。いくら人工知性体が作った宇宙ステーションとはいえ、ハンモック型の居住空間というのは乱暴だ。ハンモックがたわんで下の方にみんな集まってきて寝転がっているとか、あり得ないだろう。せめてある程度は人間仕様に改造されてしかるべしだし、仕事をするにも効率が悪すぎる。人や物が落っこちるのも問題だ。そんな所にどうしても住まなくてはならないのなら、せめて安全ネットくらい張っておくだろう。


 精神の繋がったサイ・リンク・カップルの必然性もよくわからなかった。大立ち回りを披露して活躍はしているのだが、サイ・リンクしていることが物語の大筋に関係していない。この程度ならただのカップルで十分だったのではないだろうか。似たような設定でも、『天空のリング』(感想はこちら)に登場する5人ポッドは、ポッドの謎が物語にきちんと組み込まれていてSFの構造となっていた。せっかく登場させるなら、せめて設定を活かしたエピソードを入れるべきだ。


 後書きによると、これ以前に短篇が2作、これ以後に長篇が1作書かれているそうだ。シリーズものとして発展すればこの作品ももう少しSFらしくなってくるのかもしれないが、これ単体ではSFの範疇に入れるのがちょっと辛い。全く面白くないとまでは言わないし、作者が一生懸命書いているのもわかるけれども、SFとしてもミステリーとしても物足りない。