『アンサンブル』
- 著者:サラ・パレツキー
- 訳者:山本やよい
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150753733
- お気に入り度:★★★☆☆
新聞の尋ね人広告をきっかけにヴィクが亡き母親の真実を探る「追憶の譜面」、売れっ子の女性作家との確執が思わぬ事態を招く「売名作戦」、行方不明のカメラマン探しの裏に潜む謎を追う「フォト・フィニッシュ」など、人気のV・I・ウォーショースキー・シリーズをはじめ、ユーモア作品や異色サスペンスまで、著者の多彩な才能がいかんなく発揮された全10篇を収録。本邦初訳作品もまじえて贈る待望の日本オリジナル短篇集
カバーよりおなじみV・I・ウォーショースキーの活躍する短篇が半分、それ以外の短篇が半分収録された短篇集。
冒頭の「三十周年に寄せて――日本の読者のみなさまへ」に、V・I・ウォーショースキーというキャラクターが生まれた経緯が書かれている。レイモンド・チャンドラーの作品を読んでハードボイルドを読むようになったパレツキーは、その文体やアクションが気に入ったとしながらこう続けている。
(前略)気に入らなかったのは、女性の登場人物の描き方でした。
女性のセクシュアリティというものが、行動する能力を、もしくは、正しい倫理的判断を下す能力を左右するという描き方が、わたしには不満でした。それどころか、怒りすら覚えました。一般に、西欧のフィクションの世界では、セックスをする女性は邪悪、純潔な女性は善良とされています。純潔な女性は自分の問題を自分で解決する力がなく、男性に救ってもらわなくてはなりません。
チャンドラーの長篇七作のうち六作において、セックスに積極的で探偵フィリップ・マーロウを誘惑しようとする女性が、最大の悪役であることが判明します。他の作家の作品では、女性はしばしば、凄惨な暴力の被害者にされます。とくに、セックスをする女性や、深夜に一人で出かける女性などが。
ハードボイルドに登場する女性たちを見て、わたしは自分で女性探偵を創ってみたくなりました。これまでは女性の生き方が歪んだ形で描かれてきましたが、それをくつがえす探偵を。わたしのイメージする探偵は生身の人間であって、デパートのマネキン人形ではありません。セックスをしますが、それは、問題を解決する力があるかどうかとは無関係です。彼女のセクシュアリティは、彼女がモラルをわきまえた人間か、倫理的な人間かということとはなんの関係もありません。
P4〜P5より
これを読むと、V・I・ウォーショースキーシリーズがどういう方向性で書かれた作品なのかがよくわかる。また、このシリーズが三十周年を迎えたのも、これと同じように考える読者が数多くいて、シリーズを支持した結果だろう。わたしもその一人だ。本書に収録された短篇にも、作者のこうした考え方はあちこちに現われている。
それから、個人的にはこの作品が、自炊して最初から最後までiPodTouchで読んでみた本の第1号。
- 良い点
- 軽い
- 節電で電車が暗くても明るく読める(←明るい場所に立つのは満員電車では大変だった)
- 予備の本も入れておけるので、うっかり読み終わっても次の本のために本屋に走らずに済む
「追憶の譜面」
母親ガブリエラの行方を探す新聞広告を見たヴィクは、イタリアに住む遠い親戚ルドヴィーコと知り合うことになった。彼はある譜面を探していたが、ヴィクの記憶では、ガブリエラの遺品にそんな譜面はなかった。
今回ガブリエラがアメリカに渡ってきた事情が明かされ興味深い。また、母方の親戚のこともヴィクはまったく知らされていなかった。結果的にはあまり望ましい関係とはならなかったし、母親が親しくしていた男性の存在にもヴィクは動揺する。
とはいえ、ガブリエラが死を前にしてでも大切に守り抜いてきたものが、きちんとしかるべきところに収まり、結果的には良かったのだろう。この一件がなければ、誰にも知られず埋もれてしまうところだった。
それにしても、ガブリエラは娘にずいぶん清廉潔白な道を生きるよう要求したものだ。もちろん、正しく生きるよう教えるのは親として当然だろうけれども、ヴィクのような突っ走るタイプにこうした生き方を要求すると、どんな困難もものともせずにどこまでも突っ走ってしまう。
これまでにも彼女は突っ走ったあげく、親しい人達を暴力に巻き込む羽目になったり、自分自身も肉体的にも精神的にも経済的にも傷つけられたりするしてきた。それでも彼女は、母親に叩き込まれた教えを守って突っ走る。前々からヴィクはずいぶんマザコンだと思っていたが、ヴィクの性格のはしばしに、母親のこうした教えが色濃く現われているのだろう。
「売名行為」
脅迫状が送られてきたと売れっ子作家からボディガードを頼まれたヴィク。自作自演を疑って依頼を断ったが、作家からこのことを逆恨みされ、マスコミを使って中傷される。ところが、その作家が殺されてしまい、反目していたヴィクが疑われた。汚名をはらすため捜査に乗り出す。
「フォト・フィニッシュ」
父親の行方を捜してほしいと依頼してきた青年には、ヴィクはなんとなく見覚えがあった。彼は母親がアフリカで事故に遭って亡くなったあと、祖母に引き取られ、父親とは会っていなかったという。カメラマンだったその父親をさがし出して話を聞きに行ったヴィクは、彼には息子はいないということを聞かされた。一方、依頼人は父親の捜索を打ち切りたいと連絡してきた。依頼人の正体とは。
「V・I・ウォーショースキー最初の事件」
子供時代のヴィクが活躍する話。ルーサー・キング牧師が1966年に行ったマルケット・パークでのデモ行進で、ヴィクの父親トニーは警官隊として派遣されていた。ヴィクことトリは、叔父のトマスがトニーに対して悪態をついていたことを聞きつけ、父親の身を案じて公園へ向かう。
しかし、うっかり余計なものを見て首を突っ込んでしまったため、危険に巻き込まれてしまう。それでなくても混乱のまっただ中。従兄弟のブーム・ブームや大人たちがヴィクを捜索する。
正義を貫けという母親の教えは律儀に守るものの、慎重に行動しろという教えはまったく守れないヴィク。大人になっても同じことをしているということがよくわかる子供時代のエピソードだ。ここまでがヴィクが登場する作品だ。
「命をひとくち」
母親に支配される娘ダフネが主人公。子供のころとても愛らしかったダフネは、母親に嫉妬されて太らされた。大人になっても食べ続けるダフネ。しかし、そんな彼女にも恋人ができた。彼女の幸せを阻もうとする母親の行動が恐い。でもそれ以上に、虐待されて育ったダフネの行動も恐すぎる。
「スライドショー」
父親の厳しいしつけ(=虐待)に威圧されて育ったサイモンが主人公。出世し晴れの席で父親のことを思い返している。父親はサイモンが成功を収める前に死んでしまったため、期待に応えたことを示せなかった。一方で、父親とまったく同じ厳しいしつけ(=虐待)を、彼は自分の妻や子供たちに対して行っている。成功に酔っていたサイモンがスライドで見かけたものは、彼の成功をこれ以上ないほど台無しにするものだった。
「フロイトに捧げる決闘」
ちょっとユーモラスな作品。タイプの異なる二人の精神科医が主人公。この二人、もともと反目し合っていたのだが、研究対象がたまたまかぶっていたために、競争が激化した。二人とも中世の聖ジュリエットのことを研究していたのだ。
お互いの研究を非難し合い、足を引っ張り合う二人。ついには本業にも差し障りが出始めた。二人の妻たちのとった解決策とは。女性の目から見ると、こうした男たちの繰り広げる競争というものはほんとくだらない。
「偉大なるテツジ」
囲碁を究めようとする男の話。彼にはどうしても勝てないライバルがいて、そのことで囲碁にますますのめりこんでいた。彼が望むのは、囲碁で強くなりたいということだけだった。これを心配した友人は、彼に占い師を紹介する。
「分析検査」
母親が殺人の容疑者にされてしまったため、真犯人を突き止めようと奮闘する新米エンジニアの話。呑気でお人好しのヒッピーくずれの母親と、何ごともきっちりやりたい娘のでこぼこ具合が面白い。
「ポスター・チャイルド」
中絶反対運動の活動家が殺される。これを新米刑事のリズが担当する。しかし、個人的理由で捜査からはずされたリズは、これも個人的理由から事件を一人で解決する。ヴィクのシリーズによく登場しているフィンチレー警部補が登場し、ヴィクの名を出すのがご愛嬌だ。
