『世界の果て』
- 著者:ジョーン・D・ヴィンジ
- 訳者:岡部宏之
- 出版:早川書房
- ISBN:4150107440
- お気に入り度:★★★☆☆
アンデルセン作の童話を下敷きとした長編SF『雪の女王』(感想はこちら)の続編。前作に脇役として登場していたグンダリヌ警視が主役として登場し、前作同様に〈巫子〉が物語の核となっている。舞台は海の惑星ティアマットから打って変わって火の惑星〈世界の果て〉へ。貴重な未知の鉱物が眠るこの星はナンバー・フォーの〈会社〉が所有していて、荒くれ者たちが一攫千金を狙う場所となっていた 。
グンダリヌは行方不明となった二人の兄を捜しに〈世界の果て〉に入り、その中心にある〈火の湖〉に向かう。さまざまな電磁現象が起こり、位置を変え、幻覚を見せ、〈巫子〉にも答えることの出来ない謎に満ちた〈火の湖〉。グンダリヌはさまざまな試練を乗り越えてこの謎を解明する。
グンダリヌの故郷ハレモークは科学技術に優れていることで〈主導世界〉の中でも中心的な地位をしめていた。その社会構造は技術力に準じた厳しい身分制度が布かれていて、技術階級と非技術階級では直接口も聞けないほどだった。
グンダリヌは『雪の女王』の中で盗賊に捕らわれ、技術貴族の名誉をかけて自殺を試みたが失敗した。自殺失敗者はハレモークでは「ゲッダ」と呼ばれてさげすまれていた。貴族として染み付いているこうした価値観に悩み、長子継承制度と駄目な兄達のことで悩み、また恋したムーンをあきらめきれず心の傷を抱えていた。さらに彼の属す〈主導世界〉は実はティアマットも含めた傘下の世界を経済制裁や情報操作などで利己的に操作して統治しているということに気がついて嫌気が差しており、仕事面で自分の正義感と義務との両立に困難を感じていた。
兄を捜して〈世界の果て〉をさまようグンダリヌはそういった矛盾を抱えて鬱々と葛藤している。また同行者は凶暴で、ことあるごとに対立し、状況は一触即発となっていた。
〈世界の果て〉に入る前にグンダリヌは一人の巫子に彼女の娘を探して欲しいと頼まれていた。その巫子は娘を通じた〈転移〉でグンダリヌの兄達を見かけていた。困難な旅の果てに〈火の湖〉近くのその町〈聖域(サンクチュアリ)〉へ彼は向かい、そこで意思を持つ〈火の湖〉に捕えられている人々を見つける。そこでは巫子の娘ソングは〈湖〉の意思を伝える者として崇拝されていて、グンダリヌこそが〈湖〉の待ち望んでいた答えをもたらす者だと歓迎した。グンダリヌもソング同様〈湖〉の見せる幻覚にとらわれる。〈湖〉の真実はグンダリヌの現状を変え、〈主導世界〉やティアマットの運命をも大きく変える程のものだった。
グンダリヌとどうしようもないダメ兄達が対比的。グンダリヌも、ようやく不完全な人間の作ったルールに盲目的に忠誠を誓うことをやめ、自分なりの努力で自分の正しいと思う道を進みはじめる。
男性的で、欲望がうずまき、凶暴で、汗臭く、狂気と幻想のイメージが織り込まれた物語だ。その中にあってグンダリヌは一人志高く救われる。しかし陰鬱に家庭の悩みを引きずっていて、その心情が語られるので滅入る。それでも最後はさまざまな葛藤を乗り越えて立ち直り、ヒーローとなる成長物語だ。読み直してみるとなかなか良い作品なのだが、たぶんこちらも『雪の女王』と同様、絶版となっているかもしれない。
ティアマットの未来がどうなるか、この旧帝国の技術を発掘しながら発展しようとする世界がどうなるか、また旧帝国はどのようにして滅んだのか気になるところだが、残念ながらこれ以上は書かれていないようだ。