『雪の女王』

  • 著者:ジョーン・D・ヴィンジ
  • 訳者:岡部宏之
  • 出版:早川書房
  • お気に入り度:★★★★★

あらすじ

燃える雪片さながらに輝く星々にとりまかれたティアマット星に、いま〈変化〉が訪れようとしていた。〈双子〉と呼ばれる太陽がブラックホールである〈黒い門〉に近づくとき、もう一つの太陽〈夏の星〉は輝きを増し、〈夏〉の到来を告げる。それはまた、科学技術の花開いた〈冬〉の終りでもあった。〈夏〉の到来とともに、〈主導世界〉との唯一の連絡路である〈黒い門〉は使用不能となり、ティアマットは通商停止の世界、宇宙の孤島となるのだ。150年にわたる〈冬の女王〉の治世は終り、〈変化〉を象徴する〈祭り〉とともに、100年の〈夏の女王〉の治世が始まる。だが数千年にわたって繰り返されてきたこの〈変化〉にただ一人反逆を試みようとするものがあった。アリエンロード―〈雪の女王〉。“生命の水”によって永遠の若さを保ち150年にわたってティアマットを支配してきた彼女は、その座を簡単に〈夏〉の人々に譲り渡す気はなかったのだ。彼女の張りめぐらした恐るべき陰謀の糸に捕えられた〈夏〉の少年スパークスを取りもどすべく、〈夏〉の少女ムーンは〈雪の女王〉の支配する首都カーバンクルめざし、旅立ったのだが……。
米SF界の〈新星〉ジョーン・ヴィンジがアンデルセンの同名の作品をもとに描き上げ、見事ヒューゴー賞最優秀長編賞に輝いた傑作SFファンタジイ!

カバー折り返しより

 アンデルセン作の童話『雪の女王』を下敷きにした長編SF。高校生の頃SF好きの人に勧められて読んだこの作品は、今でも私のお気に入りのSFの一つだ。


 海の惑星ティアマットの少女ムーンが困難な旅をくぐり抜け、自分の元から離れてしまった恋人をさがして取り戻すという、基本的にはラブストーリー。そこにかっちりとしたSFの要素がさまざまに折り込まれ、衰退した旧帝国の片鱗がそこかしこに見え隠れする魅力的な世界が作られている。


 1980年に書かれたため、さすがに今読み返すと少し古く感じる部分もあるが、それでも秀逸なストーリーと世界観はじゅうぶん魅力的だ。ハードカバーはすでに絶版になっているようだが、文庫本が1987年に出版されているので、そちらはまだあるかもしれない。



 主人公は〈冬の女王〉アリエンロードのクローン、ムーン。何も知らずに〈夏〉の部族の一員として天真爛漫に育って来た彼女は、〈巫子〉としての試練にパスし選ばれる。この星の迷信的な〈夏〉の部族の間では〈海の女神〉に仕える〈巫子〉は社会的に重要な地位にあった。〈巫子〉は人々の質問に応じて〈転位〉と呼ばれるトランス状態に陥り、〈巫子〉自身も知らない真実を答えることができた。しかし〈巫子〉の血は一般人の血に混じると発狂させてしまう力を持っていたため、「〈巫子〉を愛するは死」と言い伝えられ恐れられてもいた。ムーンの恋人スパークスは、ムーンが自分より〈巫子〉を選んだため、首都カーバンクルへと旅立ってしまう。


 ムーンはスパークスを追いかけてカーバンクルへと向かおうとするが、さまざまなトラブルに巻き込まれ、ワームホール〈黒い門〉を抜け、遠く離れた〈主導世界(ヘゲモニー)〉のハレモーク星へと連れて行かれてしまった。



 果たしてスパークスにそこまでする価値はあるのか私には疑問なのだが、ムーンはスパークスを取り戻すため、努力し冒険を重ねる。運命に導かれ、〈巫子機構(シビル・マシーナリー)〉の謎を解きあかし、“命の水”のために虐殺されている海獣マーの真実を知る。そしてアリエンロードの陰謀を知り、それを覆すために活躍する。それはティアマットのためであり、彼女の星の人々が、外世界のテクノロジーから切り離され後進的な文明へと衰えるのを防ぐためでもあった。


 印象的なのは長い〈冬〉が終わり〈夏〉へと移り変わる象徴の〈祭り〉。人々は色とりどりの羽で飾られた仮面をかぶり浮かれ騒ぐ。外世界から〈祭り〉を見るために多くの人が訪れ、宮殿では贅を凝らした宴が催される。何千年も続いた儀式にのっとり、〈夏の女王〉を選ぶための競争が行われる。また〈冬の女王〉は愛人で右腕でもある〈スターバック〉とともに生け贄に捧げられることになっている。アリエンロードはそれを逃れるために最後のあがきを試み、それを阻もうとする人々との間で戦いが繰り広げられる。


 〈祭り〉の喧騒とそれが終わった後の倦怠感、また〈夏〉の訪れの期待感が印象的である。



 作者のジョーン・D・ヴィンジは女性で、そのためか物語には様々な種類の女性が登場し、いきいきと活躍している。
 主人公ムーンは純朴さとしたたかさを合わせ持ち、強い意志と優しさで周囲を説得していく。対するアリエンロードは自己中心的な策略家だ。しかしティアマットを外世界人の搾取から護るために手腕を振るっている。


 傍役として登場する外世界人の警察司令官ジェルシャは、正義感にあふれた野心家である。自分の職業に誇りを持ち出世欲も旺盛だが、男性主導の根強い社会構造の中で徹底的に叩かれ、限界を感じて倦み疲れている。しかしアリエンロードの野望をくじくために活躍する。


 他にも社会の底辺で卑屈に生きているカジノ経営者のトール、盲目の〈祭り〉の仮面作り師フェイト、従順のベールを脱ぎ捨て科学技術(テック)密輸業者となったエルゼビアなど、異なるタイプの女性達が登場し、それぞれの物語を持っていて面白い。


 この作品の中では女性は男性より圧倒的に元気で強くたくましく描かれている。葛藤しながらも、困難に負けず、目的や夢に向かって努力し、諦めない。これがとても魅力的で気持ちいい。