『最果ての銀河船団』(上)

あらすじ

250年のうち35年間だけ光を放ち、それ以外は火が消える奇妙な恒星、オンオフ星。この星系の惑星には、人類が銀河で出会う三番目の、知性を持った非人類型生命体―蜘蛛族が存在していた。ここからもたらされるであろう莫大な利益を求めて、二つの人類商船団が進出する。だが軌道上で睨みあいをつづけるうち、ついに戦闘の火蓋が切られ、双方とも装備の大半を失い航行不能となってしまった。彼らは、地上の蜘蛛族が冬眠から覚めて、高度な産業文明を築くのを待つしかなかった…。ヒューゴー賞、キャンベル記念賞に輝く、大宇宙SF巨編!

扉より

 まず、厚い。しかも上・下巻である。SFは長いものが多いがその中でも長い部類で、創元文庫でも最長だそうだ。1冊1,260円という価格設定も文庫としては高めで驚いた。しかし、読んでみるとその厚さも納得できる壮大なストーリーだ。人類以外の知的生命体とのファーストコンタクトを描いた話かと思って読み始めたが、むしろひとつの巨大な帝国の成り立ちと3000年に及ぶ歴史、また文明同士の衝突と駆け引きが描かれていてそれが面白い。


 物語の舞台は辺境の地オンオフ星系である。そこのたったひとつの惑星アラクナには、無線通信技術を発明したばかりの段階の、蜘蛛に似た知的生命体が住んでいた。商人文明のチェンホーは船団を率いて到着するが、直後エマージェントという文明の率いる船団がやってくる。エマージェントはオンオフ星系に近い星系で復興してきた人類の文明で、今までチェンホーとは接触したことがなかった。両者は協議の上共同で蜘蛛族との交渉にあたることで合意したのだが…。


 一方蜘蛛族の様子は、天才シャケナー・アンダーヒルとその家族を中心に語られている。オンオフ星系の太陽は謎に包まれた不思議な変光星で、アラクナ星では215年間の暗期と35年間の明期に分かれていた。蜘蛛族は暗期には地下で冬眠状態となる。シャケナーは暗期でも活動できるような装置を発明し、長年続いていた戦争に貢献した。また季節外れの時期に子供を設けることがタブーとされてきていたが、そういった迷信に対する偏見を打ち破るべく活躍する。


 最初、蜘蛛族の生活の表現がやたら人間くさいのが気になった。名前にスミスとつけられていたり、自動車に乗っていたり、博物館があったりするのだ。やっていることや感情も、人間に近い描かれ方をしている。そのため1900年代頃の生活のような印象で、違和感があった。というか、異星人のくせに違和感が無さすぎた。しかし表現上それなりの理由があり、慣れてくると引き込まれて彼らの身に起こる出来事にはらはらさせられるようになる。


 人類サイドで面白いのは、冷凍睡眠を旅の基盤としているため年齢の取り方が一定ではないところだ。子供だった者に、冷凍睡眠を受けている間に歳を超されてしまうのである。見かけはともかく、人によっては何千年も生きているのだ。時間に対する感覚や年齢に対する感覚も当然違っている。


 そういう長期的な人生を基盤として築き上げられた商人文明がまたなかなか面白い。宇宙空間での交易を扱ったスペースオペラは多いけれど、ここまで大規模な交易集団はあまりなかったかもしれない。それは中世レベルの文明で育ち商人達への人質がわりに差し出された王子様が作り上げた、史上稀な規模の夢の帝国だったのだ。次第に明らかになるこの繁栄した商人文明の壮大な歴史と、神話化している王子の複雑な人生が非常に面白い。一方、この文明に敵対するのはいかにも悪辣な手段やシステムを使っているやつらである。これがなかなか手強く優秀で、一筋縄ではいかない。


 すっかり航行不能となり、上巻が終わっても蜘蛛族とのコンタクトはまだ行われていない最果ての銀河船団。果たして無事に交易を終えて帰ってこれるのか。蜘蛛族とどんな展開が繰り広げられるのか。失われた自由は取り戻せるのか。また、帝国を築くことを夢見た王子の、道半ばで裏切られた過去にはどんな歴史があったのか。文明最大の危機に瀕して無事切り抜けられるのか。さんざん酷い目に合わされてきた優秀な少女は幸せになれるのか。蜘蛛族は暗闇を制することができるのか。続きがなかなか楽しみである。


 ちなみに作者の元奥さんのジョーン・D・ヴィンジもSF作家で、彼女の作品も私は好きだ。特にアンデルセン童話の『雪の女王』を下敷に書きおこされたSF『雪の女王』は、とても好きな作品のひとつだ。