『分解された男』

あらすじ

時は24世紀、人の心を透視する超感覚者の出現によって、犯罪を計画することさえ不可能とされる時代。全太陽系を支配する一大産業王国の樹立を狙うベン・ライクは、宿命のライバルを倒すため殺人行為に及ぶ。だがニューヨーク警察本部の刑事部長パウエルは、この世紀の大犯罪を前に陣頭指揮を開始、超感覚者対ライクの虚々実々の攻防戦が展開する! 第一回ヒューゴー賞に輝く傑作。

カバーより

 アルフレッド・ベスターの作品はいくつか読んだが、この作品はまだだったので買ってみた。タイトルにある「分解」とは、刑の執行のひとつ。よく知られたタイトルだが、そういう意味だったとは。


 エスパーがあちこちにいるこの時代、心を読まれてしまうため殺人事件は70年以上起きていなかった。けれどもモナーク物産のベン・ライクは商売敵のド・コートニーと決裂し、彼の殺害を決意する。分解されずに済むよう、ライクは綿密に殺害計画を立てて実行にうつす。しかし、思わぬ邪魔が入り、殺害は成功したものの目撃されてしまった。この殺人事件の捜査を担当するのが、第一級エスパーの刑事リンカン・パウエル。


 ライクとパウエルのキャラクターが際立っていて、追いつ追われつの対決がこの作品の見所の一つ。目撃者を確保しようと、二人は相争う。とはいえ、現在の水準から考えると、捜査がエスパーという部分に捕らわれすぎていて、普通に科学的な捜査や証拠固めをしたほうが確実に有罪にできそうに思えるのが難点だ。なにしろ、原作が出版されたのが1953年、翻訳されたのが1965年。捜査の方法も当時とは全然変わっていることだろう。文章表現もやたらと時代がかっていて読みづらい。


 けれども内容自体はスピード感と意外性があり、今読んでもそれなりには面白い。心を読まれないための歌*1は、曲がついていないにもかかわらずやたらとリピート性があるし、『虎よ、虎よ!』(感想はこちら)同様タイポグラフィに工夫が凝らしてあり、しかも物語の内容とうまく連動して視覚的に伝えるものとなっている。当時としては新鮮な試みだったのだろう。翻訳を新しくして出し直すか、漫画化やアニメ化すれば、まだまだ通用しそうだ。エスパーもSF小説に登場させるにはすっかり廃れてしまった印象があるが、映画や漫画やアニメでなら、まだ消費の余地がありそうだ。


 ラストは意外ときれいな形でまとまっていたので見直した。ライクがアクの強いキャラだっただけに、悪徳とか退廃とかが主となる流れなのかと思っていたらそうではなく、性善説に基づいたものとなっていた。

*1:《もっと引っ張る、》いわくテンソル 緊張、懸念、不和が来た (P66より)