『コラプシウム』

あらすじ

「きみが捜査局長?」ブルーノは愕然とした。太陽をめぐるリング・コラプシターでの殺人現場の指揮をとるために現われたのは、左目にVRモノクルを付け、学校の制服のようなものを着た、まだ幼い少女だったからだ……マイクロ・ブラックホールをグリッド状に配置し安定させた超高速伝導物質コラプシウムの発明者ブルーノ・ド・トワジが、仲間とともに太陽系女王国で次々に起こる、コラプシウムがらみの難事件を解決する!

カバーより

ソル女王国第十の十年紀、カイパーベルト中ほどのミニチュア惑星上に、ブルーノ・ド・トワジという男が住んでいた。

 この物語はこんなお伽噺のような書き出しで始まる。同じような事件が3度繰り替えされるという点でも、やはりお伽噺や童話の形式に則っている。しかし内容はきちんとした技術知識に裏付けられたハードSFだ。天才物理学者のブルーノが、その知識を駆使して王国の危機を救って大活躍する。後書によると、シリーズ物として現在長編が4作書かれているらしい。この作品はシリーズ第1作目の翻訳となる。


 コラプシウムの発明のおかげで、主人公ブルーノは自分の設計したミニチュアの太陽と月と惑星を個人で所有しているほどのとてつもない大金持ち。彼はその辺境の小さな惑星に1人で住み、〈終末の弧〉の研究に没頭していたが、元恋人のタムラ女王の要請で、王国の危機を救うために呼び戻された。ソルでは太陽の周りにコラプシウムで作ったリングが建造中だった。ところがこのリング・コラプシターが事故により、太陽に落下し始めたのだ。6ヶ月後には太陽に到達し、大惨事になってしまうという。


 作品には、いくつかの夢の新技術が登場し、物語の核となっている。主なものはコラプシウム、ファックス、ウェルストーン。コラプシウムはミニチュア・ブラックホールを格子状に安定的に配置したもので、格子内部がカシミール超真空となるので、主要なところでは通信に使われている。ファックスは現在あるファクシミリではもちろんなく、スタートレックの転送装置とレプリケーターを合体させたような機械。これにより、非死(病気や加齢を取り除くこと)が実現し、瞬間的な移動や人間の複製までもが可能となった。ウェルストーンは量子レベルでプログラミングが可能な、性質や形を自在に変えることのできる新素材だ。今作ではタイトル通りコラプシウムに焦点が当てられている。


 人格を複製するという内容のものは、イーガンの作品にも多かった。この『コラプシウム』でも人間を複製して分身をつくるわけだが、イーガンと比べると非常にあっさりしていてギャップを覚えた。イーガンの場合、オリジナルとコピーでアイデンティティが同じなのか違うのかという問いかけが徹底的になされる。それを通じて「私」とは何かということがクローズアップされてくる。この作品ではそういった微妙な違いにはこだわらない。同じか、決定的に違うかのどちらかだ。自分自身のバックアップがあれば、不慮の事故で死んだとしても安心と思えるかどうか。安心できるとするのがマッカーシーで、当人が死ぬことに変わりがないとするのがイーガンだろう。作家が違うとずいぶん描き方が異なるものだと感じた。



 この作品では、自由というもののデメリットを掲げているところが新鮮だった。圧政は論外だが、多くの民衆は、自由に伴ってついて来るさまざまな責任を自分自身で負うよりも、誰かに肩代わりしてもらった方が楽なのだ。こうして王政が復活してソル女王国が誕生した。女王はいわばスケープゴートだ。そろそろこういう考え方が出て来る時代となってきたのだろう。



 それにしても表紙のイラストはいただけない。この作品の内容だったらブルーノか、華が欲しいのだったらせめてタムラ女王を描くべきだろう。表紙のミニスカ捜査局長につられて買った人は、彼女が脇役のひとりでしかないので、読んでみてがっかりするんじゃないだろうか。