『奇術師』

あらすじ

イングランドに赴いたジャーナリストのアンドルーは、彼を呼び寄せた女性ケイトから思いがけない話を聞かされる。おたがいの祖先は、それぞれに“瞬間移動”を得意演目としていた、二十世紀初頭の天才奇術師。そして、生涯ライバル関係にあった二人の確執は子孫のアンドルーにまで影響を与えているというのだが……!? 二人の奇術師がのこした手記によって、衝撃の事実が明らかとなる! 世界幻想文学大賞受賞の幻想巨篇

カバーより

 二人の奇術師の家系の、因縁深い確執を描いたゴシックホラー。古い時代のSF風味も少々あり。面白いとのうわさどおり、確かになかなか面白い。奇術では、不可能なことが行われているように見せかけるために、実際に行われていることの一部を奇術師が切り取り、見せたいものだけを披露する。作者はそれを文章で試みている。起こった出来事は、どの視点から見るかによって違って感じられる。語り手が変化することで次第に異なる側面が姿を表わし、次第に全体像がつかめてくる。けれども語りは騙りでもあり、奇術同様にそこには種が仕込まれている。


 ジャーナリストのアンドルーは孤児で、双子の片割れがいるのではないかという漠然とした印象を持っていた。それ以外に自分を捨てた家系には興味を持っていなかったが、見知らぬ女性ケイトが接触を図ってきて、自分の祖先と彼の祖先との間にかつて何があり、それが自分たちの運命をどう変えてしまったのか、語り始める。


 アンドルーの祖先はアルフレッド・ボーデン、ケイトの曽祖父はルパート・エンジャ。二人とも1870〜1900年頃にかけて奇術師として活躍し、瞬間移動の演目で一世を風靡した。二人は若い頃、ある事件をきっかけとして犬猿の仲になり、以降お互いにライバル視し合っていた。二人はお互いの瞬間移動の仕掛けを知りたがっていて、それを何とか探ろうと画策し合う。しかしそのことがますます裏目に出て、両者の確執は深刻になってゆく。


 作品にはいくつか謎が仕組まれている。そのひとつは瞬間移動がどのようにして行われていたかである。ボーデンの瞬間移動とエンジャの瞬間移動は、演目は同じでもまったく性質が異なっている。それらがどのように行われていたのかを、ライバルの焦燥感の目を通して推測するのも面白い。もうひとつの謎は、ケイトが子供の頃に目撃したある事件である。時代を越えてはいても、これも二人の奇術師の確執が招いた事件である。


 この前に書かれた『魔法』(感想はこちら)も現実の話とファンタジーとの境界線上にあるような内容だったが、今回も現実の話とホラー*1との境界線上にある感じがする。こういう筋書きで最後がホラーへと変わるものはあまりないのではないか。また、あまり馴染みのない奇術の舞台裏の様子が詳しく描かれているので、ネタとしても楽しめる。とはいえ、登場人物達の生き方には疑問を感じる。

*1:といってもぜんぜん恐くはないのだが、様式としては幻想文学というよりはゴシックホラーに近い気がする