『九年目の魔法』

あらすじ

ため息をつき、本をベッドに伏せる。前に読んだはずだけど、こんな題名だったろうか?壁にかかった写真の額を見上げる。これもこんな写真じゃなかったはず。この九年間で本当にあったことと、今おぼえていることが喰い違っている。まるで過去が変えられてしまったかのよう。大学生のポーリィは、十歳のころの思い出をたぐり寄せた。そうだ、近くの屋敷でお葬式が!そこで、あの人、リンさんと出会って、ずっと歳上の男の人なのに仲良しになって、それから……それから、とても恐ろしい何かが起こりはじめた……失われた時を求める少女の、愛と成長と闘いをつづる現代魔法譚!

扉より

 記憶の中のことが実際のものと違っている。ポーリィは自分の記憶がある時期から二重になっていることに気が付いた。記憶が二重になる以前を振り返ってみたポーリィは、それが九年前、祖母の家の近くにあるハドソン屋敷でのお葬式から始まっていることを思い出した。ハロウィーンの日、十歳だった彼女はそのお葬式にたまたま紛れ込んでしまった。そこでトーマス・リンに出会い、彼が形見分けとしてもらう絵を選ぶのを手伝った。封印されていたポーリィの記憶をたどったのがこの物語だ。


 この作品はファンタジーだ。しかし、巧妙に現実世界に落とし込まれていて、現実ばなれしたところはあまりない。タイトルには『九年目の魔法』とあるが、大っぴらに魔法が出て来るわけでもない。むしろ、あまりに現実のことばかり書いてあるので、いつになったらファンタジーになるのかと思ったほどだった。


 しかし、一見ありきたりに見える世界にオーバーラップして、ファンタジーの世界が広がっている。その重なり方は、この作品に登場する一対の花瓶に似ている。二つの花瓶の側面には両方とも「NOWHERE」と書かれている。しかしひと目で全ての文字は見えない。片方が「NOW」で片方が「HERE」に見える時もあれば、角度次第で「NO」と「WHERE」に見える時もある。「今、ここ」と、「どこでもない」だ。二つの花瓶を合わせた文字が、組み合わせ次第で違う意味に変わる。こんなふうにして、普通の世界とファンタジーの世界が重なって描かれている。


 ある意味ではそれは、空想好きの少女とその空想を一緒になって楽しむ大人との交流の物語だ。台風の目のようなポーリィの友達ニーナが引き起こす騒動、その場しのぎの調子の良い父親と疑い深い母親とのいさかいや離婚、勇ましくて曲がったことの嫌いな祖母のなぐさめ、学校での出来事、ボーイフレンドのセブが積極的過ぎること。主にはそういった普通の少女の日常が描かれている。トーマス・リンは葬儀のあった日の直前に、ハドソン屋敷の遺産相続人ローレルと離婚していた。また、チェロ奏者に転向したばかりでもあった。やがて四重奏団として独立し、公演旅行であちこちにでかける。その先からポーリィにたくさんの本を贈り、手紙を書く。二人の心暖まる交流が描かれている。


 また、別の意味ではそれは、英雄タン・クールと英雄見習い助手ヒーローが、謎のオパー・シフトを求めて冒険する物語だ。タン・クールは普段は雑貨屋で働き、妹エドナにガミガミ言われている。しかしひとたび事が起こると、巨人をやっつけ、暴れ馬を乗りこなす。3人の仲間も一緒だ。悪者に姿を変えられた仲間を、間違って攻撃してしまったこともあった。そしてついには絶体絶命になる。英雄見習い助手ヒーローは、タン・クールを救えるのか。


 そして、本当の意味ではそれは、真に愛するとはどういうことかという愛の物語だ。困難な冒険の中で、これがもっとも難しい。


 各章の頭には、あるバラードの引用が載せられている。トム・リンと詩人トーマスがそこに登場するのだが、これが実は、後に大きく物語全体にかかってきて、謎を解く手がかりとなっている。こういった仕掛けもたいへんうまくできていて、一度読んだ後にもう一度読み直してしまった。あらためて細部まで読み返すと、さまざまなヒントやはっきりとは書かれていない物語が見え隠れしていて、楽しめる。