『ペルディード・ストリート・ステーション』

あらすじ

異端の科学者と翼を奪われた〈鳥人〉の冒険を、唯一無二のスケールで描くダーク・スチームパンク
〈バス=ラグ〉と呼ばれる蒸気機関と魔術学が統べる世界で、最大の勢力を誇る都市国家ニュー・クロブゾン。その中心には巨大駅ペルディード・ストリート・ステーションが聳え、この暗黒都市で人間は鳥人や両生類人、昆虫型や植物型の知的生命体と共存していた。
 大学を辞め、独自の統一場理論の研究を続ける異端の科学者アイザックは、ある日奇妙な客の訪問を受ける。みすぼらしい外套に身を包んだ鳥人族〈ガルーダ〉のヤガレクは、アイザックに驚くべき依頼をする。忌まわしき大罪の代償として、命にもひとしい翼を奪われたヤガレクは、全財産とひきかえにその復活をアイザックに託したのだった。

(中略)

英国SF/ファンタジイ界、最大の注目作家であるミエヴィルが、あらゆるジャンル・フィクションの歴史を変えるべく書き上げたエンターテインメント巨篇。アーサー・C・クラーク賞/英国幻想文学賞受賞作。

カバーより

 ゴシック・ホラーな異色のファンタジー。SFとかスチーム・パンクと言っても良い部分もあるけれど、どちらかというとファンタジーに属するのだろう。異世界〈バス=ラグ〉にある巨大都市国家ニュー・クロブゾンが、この物語の舞台。タイトルともなっているペルディード・ストリート駅を中心に、放射状に広がった都市である。


 19世紀のロンドンにも似たこのニュー・クロブゾンには、人間以外にもたくさんの知的異種族が住んでいる。雌は頭が甲虫で身体は人間、雄は甲虫そのものの〈ケプリ〉、鷲のような〈ガルーダ〉、サボテン人間〈カクタシー〉、カエルのような〈ヴォジャノーイ〉といったあたりが、物語に主要に登場している種族だが、これ以外にも〈ワイルマン〉、〈ヴァンピーノ(ヴァンパイア)〉、〈ウンディーネ〉、〈翼竜〉など、ファンタジーに登場しがちな種族が多々登場している。また、生物学的な生命だけではない。蒸気を動力源とした、〈コンストラクト〉と呼ばれる要はロボット達も清掃などで活躍している。*1


 それに加えて、肉体改造も頻繁に行われていて、改造した者は〈リメイド〉と呼ばれている。異種族が多い上に、元の姿がわからないほど肉体改造を施しているので、外見的には何でもありという様相を呈している。多くの〈リメイド〉は、罰として見せしめのために改造されているため、例えば顔の真ん中から手が生えているなど、グロテスクなこと甚だしい。


 こうした雑多な種族がひしめくニュー・クロブゾンに住むアイザックの元に、翼を失ったガルーダのヤガレクがやってきたことから物語は始まる。アイザックは人間の科学者で、ケプリの女性リンと恋愛関係にある。このエピソードだけでも、異種族間の恋愛物として一つのSFが書けそうなほどだ。ところがそれだけに留まらない。


 ヤガレクの依頼は、もう一度飛べるようにして欲しいというもの。アイザックは飛翔について研究するために鳥や昆虫など羽の生えた生き物を集めてその形状を研究しはじめた。様々な方向性からどの方法がふさわしいかを検討する。この世界には、魔術子という理論上の粒子が存在し、これを操ることで魔法が使えることになっている。科学と魔術はこの世界では共存している。こうした生命魔術学でのリメイキングの可能性なども検討した結果、アイザックが目を付けたのは、ヴォジャノーイ達が得意とする水工芸だった。統一場理論を研究していたアイザックは、その理論の延長として水工芸に目を付けて長年興味を持っていた。これを発展させたのが「危機エネルギー」。これがなかなか興味深い。


 前半はヤガレクをどうやって飛ばすかということを軸に物語は展開する。しかし、後半は一転する。ニュー・クロブゾンの街は危険と恐怖に包み込まれ、不本意にもその原因を作ってしまったアイザックは、当局と暗黒街のボスから追われる身となりながら、なんとかこの状況を好転させようと、仲間とともに奔走する。


 背後に流れているテーマは「裏切り」で、既存のファンタジーにはなかなか見られない異色の展開となっている。雰囲気としては『白い果実』の三部作(感想:『白い果実』『記憶の書』『緑のヴェール』)と似ていなくもないのだけれども、『白い果実』では、最初は誰からも好かれないどうしようもない人物だった主人公が、物語が進行するにつれ、少なくとも良い人間になることを目指して必死で努力していた。けれどもこの物語はそういう方向を目指さない。主人公のアイザック自身は基本的に悪い人間ではないし、自分の行いが招いたことを悔い、これを償おうと自分の危険を顧みず努力する。けれどもそういう思いとは裏腹に、理想通りとはいかない面も多く垣間見えるのである。


 異世界〈バス=ラグ〉を舞台としたこのシリーズは、本書の後に続篇が2作書かれているようだ。非常に独特の雰囲気を持った作品で面白いので、続篇も訳されることを期待したい。

*1:私の印象の中では、まるでEQ2だ。