『世界樹の影の都』

  • 著者:N・K・ジェミシン
  • 訳者:佐田千織
  • 出版:早川書房
  • INBN:978-4-15-020550-8
  • お気に入り度:★★★★☆

あらすじ

かつてこの世界は光の神イテンパスと闇の神ナハド、黄昏の女神エネファの〈三神〉によって創られた。しかし十年前、イテンパスはその罪のために人の身に堕ちた。そして現在、空中都市スカイを支える世界樹の影の街で暮らす盲目の工芸家オリーは、ほぼ不死のはずの子神の死体を発見する。事件はやがて、オリーと彼女の家に居候する謎の男シャイニーを陰謀の渦に巻き込んでゆく――神と人間、力と魔法の新たな姿を描く傑作。

カバーより

 『空の都の神々は』(感想はこちら)の続篇。三部作のうちの二作目だ。前作の舞台はアラメリ一族が支配する宮殿のスカイだったが、今回はその下に広がる街のスカイが主な舞台。とはいえ、〈世界樹〉が生えて街が樹の影に覆われてしまったため、前作から10年がたった今では、この街はシャドーと呼ばれている。


 本作では主人公も一新された。物語の語り手は、盲目の画家オリー。彼女の目は普通のものは見えないのだが、魔法の力が働いているものだけは見ることができる。この世界には何柱もの神々が存在し、特にこのシャドーの街では多くの神々が人々に交じって暮らしている。彼女は、そうした神々や、神々の落とし物、彼らが魔法をかけた場所、聖職者たちの書いた魔法の言葉などを見ることができる。


 目が見えないので、彼女の語り方は独特だ。空気の流れや音、振動、触覚などで周囲の様子は表現される。また、そうしたことに交じって魔法の力で見えたものの様子が描かれる。状況はわかりづらいが、主人公の特長がよく現われていて新鮮だ。ただ、盲目だということが冒頭のあたりでまったく書かれていないので戸惑うこととなる。


 観光客相手に土産物の絵などを売って生計を立てていたオリーは、近くの路地で子神のひとりが殺されているのを見つけた。その子神の他にも、何人もの子神たちが行方不明になっているという。オリーはこの事件のために〈イテンパス教団〉に目を付けられ、彼女の家に居候しているシャイニーが連れ去られてしまった。正体不明で口をきかないシャイニーは、どうやら子神のようで、行き倒れていたところを彼女が連れ帰って住まわせていた。彼には自殺癖があり、しょっちゅう死んでは、また生き返る。彼女のかつての恋人で、子神のひとりマディングなども巻き込んで、彼女の周囲で事態はどんどん悪化していく。


 前作に登場した人物が登場しないかと、ずっと待ちながら読んでいた。子神たちの何人かは確かに登場するのだが、あまり活躍もなくて不満だった。と思ったら、意外な人物が前作に登場していた人物だった。さすがにこれは気がつかなかった。謎の解き明かし方がなかなかうまい。他にも、シャイニーの正体や、オリーの秘められた能力の謎をめぐって、事態は大きく変化していく。


 先日『ふしぎなキリスト教』という本を知人に借りて読み、その中にこんな指摘があった。人間が神に祈りを捧げ、それを神が聞きとどけるとなると、神は人間に利用されてしまう。これではどちらがえらいのかわからない、と。手元にないので正確ではないが、それを読んでなるほどなぁと思ったものだ。


 その考え方をふまえた上でこの三部作を読んでみると、ここに登場する神々は、人間に利用されまくっている。のみならず、人間から脅されている。前作はもっとひどく、神々はアラメリ家に奴隷のように使役されていた。なんとも罰当たりな話ではあるが、神々の方も、人間に恋をしたり、人間に自分たちの血を売って金儲けをしたりと、卑近な存在となりさがっている。あらゆるものを超越した神というより、扱いの難しい強大な兵器のようだ。神々と人間のこうした関係を描いた物語はあまり記憶にないので、どうなっていくのか興味深い。