『影の棲む城』(上・下)

 五神教シリーズの第二弾。今回の主人公はイスタ国太后。前作『チャリオンの影』(感想はこちら)でもイセーレの母親として登場していたが、周囲の人々から気がふれていると思われていた役回りだったため、あまりいい印象はなかった。だが、今回はイスタの視点からその壮絶な人生が描かれていて、その率直さや勇敢さなどに好感が持てる。前回の主人公だったカザリルが全く登場していないのがちょっと寂しい。くたびれたおっさん*1ながら大活躍したカザリルは、いい味を出していたのに。その代わりに、カザリルの護衛を務めていた姫神の騎士のフェルダとフォイのディ・グーラ兄弟が再登場していて、イスタを助けて活躍する。


 物語の舞台はチャリオンの、国境に近いポリフォルス城。イスタは、フェルダとフォイ、庶子神の神官カボン、速駆けの急使から侍女となったリス、その他護衛の兵達を伴って、巡礼の旅に出る。ところが、襲撃を受けて一同はバラバラとなり、イスタは捕らえられてしまう。彼女を助け出したのがポリフォルス城の城代アリーズ・ディ・ルテス。イスタにとっては因縁の深い、ルテス卿の息子だった。ところが、招かれたポリフォルス城でも異例の事態が進行中だった。アリーズの異父弟イルヴィンが、ある事件をきっかけに、昼間のわずかの時間を除いて半年もの間、ずっと眠り続けているのだという。おりしもイスタは旅の途中で幻視を体験していて、この眠っているイルヴィンを夢に見ていた。


 魔の絡んだ不穏な事態が国境付近で進行しつつあり、イスタは庶子神に導かれて、神の器となるべくこの城に引き寄せられたのだった。ポリフォルス城は非常事態に陥り、一同は窮地に立たされる。ビジョルドストーリーテリングは秀逸なので、どんどん展開する物語も一気に読み進めることができる。


 一方でこの物語はイスタの恋の物語ともなっている。イスタは少女の頃、中年の国王の後妻となった。しかし夫には愛人がいて、幸せな結婚とはほど遠かった。さらに王家には呪いがかけられていて、それを解こうとしたイスタは失敗し、手痛い代償を支払った。40代になりカザリルのおかげで呪いも解けた今、そろそろ彼女なりに幸せをつかんでもいい頃なのだろう。


 ビジョルドは、封建的な世界に生きる自立心に富んだ女性を描くのがうまい。ヴォルコシガンサーガの番外篇『名誉のかけら』(感想はこちら)や『バラヤー内乱』(感想はこちら)なども、女性のたくましさ、したたかさが際立っていて印象的だった。この作品もそれらの作品に近い。また、男性の目を通した理想や願望の混じった女性像ではなく、等身大の女性が描かれている。特に子供を授かりたいあまりに暴走するカティラーラの行動など、女性にしか描けない世界かもしれない。イスタはことあるごとに歯を食いしばって旧弊な女性像を押し付けようとする慣習に耐えている。リスとその他の侍女達との違いが際立っていて面白かった。

*1:実際にはそんなに歳をとっているわけではないのだが