『チャリオンの影』(上・下)
- 著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド
- 訳者:鍛冶靖子
- 出版:東京創元社
- ISBN:9784488587024
- お気に入り度:★★★★★
- 著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド
- 訳者:鍛冶靖子
- 出版:東京創元社
- ISBN:9784488587031
- お気に入り度:★★★★★
むちゃくちゃ面白かった。宮中の陰謀を書かせたら、ビジョルドは本当にうまい。ヴォルコシガンシリーズも、バラヤーの複雑怪奇な権力争いをマイルズがいかに交わしていくかが面白かったものだが、中世の時代背景を持つこの世界では陰謀もまた日常茶飯事で、まさにビジョルドの本領発揮だ。
主人公カザリルが教育係兼家来として仕えるイセーレ国姫は、前国主の後妻の娘。腹違いの兄である現在の国主オリコには世継ぎが生まれなかったため、イセーレは弟の国太子テイデスと共に宮廷に出仕することになった。この立場からしてすでに、政治的な駆け引きとは無縁でいられない。カザリルはガレー船から解放されようやく故郷に戻って来たばかりだったが、イセーレと共に宮廷へ向かうことになった。そして自分を陥れたと疑わしき男を、宮廷で見かけることになる。
この世界では、父神、母神、姫神、御子神、庶子神という五柱の神々への信仰が重要な意味を持つ。それは単なる宗教にとどまらない。ほんの時たまではあるが、神々の力は奇跡や呪といった形をとって、人を介してこの世界に示される。カザリルもある出来事をきっかけに、神々の力に触れることになる。イセーレに降り掛かってくる凶事は宮中の陰謀にとどまらず、実はこうした神々の力にも関係している根深い呪詛だということが、次第に明らかになって来る。
物語自体も面白いが、中世という封建的な時代の出来事を描きながらも、女性達を剣、男性であるカザリルを盃として描いてみせることこそ、実はビジョルドの真骨頂だ。こういう書き方ができるから、私はビジョルドの作品を読んで面白いと思うのだ。カザリルに護られていながらも、イセーレは敵の陰謀の裏をかいて、自ら大胆に行動を起こす。好機を逃さないところが小気味いい。また、周りの人々から狂人と見なされているイセーレの母イスタですら、嘆き悲しんでいる病的な見かけとは裏腹に、強い意思で人知れず壮絶な体験をくぐり抜けて来ている。この親にしてこの娘ありだ。三部作の次作はこの母親の物語だそうで、しかもヒューゴー賞、ネヴュラ賞、ローカス賞の三賞を受賞したという。三冠はすごい。これはもう面白いに違いないと、今から楽しみだ。
最後にSFを感じさせる部分について。カザリルが神々の力を受け入れて、物質の持つすごさに気付く瞬間の描写。ファンタジーではありながら、これはまさにSFマインドを感じさせてすばらしい。路傍の石を今までとは異なる視点で眺め、そのすごさに気付く。次作が受賞した三賞がいずれもSFの賞であるのもうなずける。