『カズムシティ』

 前作『啓示空間』(感想はこちら)と同じ世界を背景とした別作品。続いているわけではないので単独で読んでもいいが、ところどころで前作の登場人物や都市にも言及があるので、両方読むと歴史的背景などがよくわかる。


 前作にも登場した街カズムシティが主な舞台。一風変わったこの街で、主人公タナーは1人の男を殺すために追いかける。そのストーリーにオーバーラップして、タナーの故郷スカイズエッジへの初期入植者オスマン・スカイの生涯が語られる。2本の作品が書ける程の内容がぎゅうぎゅうに詰め込まれているため、前作に引き続き今作もかなり分厚い。携帯に不便なので2冊に分けてもらいたい。


 タナーは雇い主であるカウェアを殺され、冷凍睡眠で15年をかけて、殺した男をカズムシティまで追ってきた。しかし冷凍睡眠の影響で若干の記憶障害が発生。また、カズムシティは何年か前に疫病が発生し、複雑な機械類が暴走したために、荒廃していた。


 このカズムシティの天上界の街並がなかなか面白い。疫病の際にビルは、中にいる人間を飲み込みながら形を変え、奇妙にねじくれて空中へと伸びた。そこにケーブルが縦横無尽に張り巡らされ、ケーブルカーが主な交通機関として空中を走っている。なかなか独創的な街並で、さまざまなSFにもこういった街並は登場していないように思う。不死の人々が住むこの街では、退屈しのぎに命をかけた狩りが行われていて、タナーはそれに巻き込まれながらも、次第にこの街で闇取り引きされている〈ドリーム・フュエル〉の真相に近付いていく。


 一方、オスマン・スカイのパートでは、植民のために何世代もかけて航行して来た船団の人々の物語が語られる。船団には冷凍睡眠の人々が積み込まれている。スカイの世代で船団は惑星に到着するのだが、各船の関係には亀裂が入ってしまっていて、いかに他の船を出し抜いて惑星での植民を有利に運ぶか、競争が白熱していく。スカイの画策がなんともえげつない。さらに前作にも登場した、おそらく〈抑制者インヒビター〉への言及があったりして、ひとつの複雑な世界観が、シリーズを通じて形作られている。


 それにしても、これほど主人公のアイデンティティがゆらいでいるストーリーもあまりないと思うのだけれども、そのくせその部分にはほとんどこだわっていないことに逆に驚く。これがイーガンだったらネチネチとこだわるのだろうけれども、なんともあっさりしたものだ。で、代わりにこの作者がこだわっているのは、たぶん男性原理の部分だろうなという感じがあって、そのへんは私にはどうでも良かったり。