『虎よ、虎よ!』

あらすじ

ジョウント”と呼ばれるテレポーテイションにより、世界は大きく変貌した。一瞬のうちに、人びとが自由にどこへでも行けるようになったとき、それは富と窃盗、収奪と劫略、怖るべき惑星間戦争をもたらしたのだ! この物情騒然たる25世紀を背景として、顔に異様な虎の刺青をされた野生の男ガリヴァー・フォイルの無限の時空をまたにかけた絢爛たる《ヴォーガ》復讐の物語が、ここに始まる……鬼才が放つ不朽の名作!

カバーより

 名高いSFの新装版。あまりに有名なSFので、なんとなく古典としての古くささを想像していたのだが、読んでみるとそうではなく、もっと60年代っぽいヒッピーっぽいイメージの、サイケでパワフルなSFだった。


 24世紀、人々はテレポーテイション能力を開花させ、ほとんどの人が、見たことのある場所、行ったことのある場所なら瞬間的に移動することができるようになっていた。最初にこれを行った人の名前にちなみ、このテレポーテイションは「ジョウントする」と呼びあらわされていた。ジョウントできる距離は人によって異なっている。とはいえ惑星間を越えてはできなかった。この物語の舞台となっている25世紀になるまでに、世界の事情はジョウントにより一変し、輸送や交通の事情は劇的に変化していた。


 そんな25世紀。主人公ガリーは難破した宇宙船《ノーマッド》で、たった一人5ヶ月間生き延びてきた。そんな《ノーマッド》の近くを宇宙船《ヴォーガ》が通りかかり、救援信号に気がつきながらも、どういう事情でかガリーを助けずそのまま通り過ぎてしまった。これに憤ったガリーは、《ヴォーガ》の責任者に復讐を誓う。怒りのあまり奮起して宇宙船を改造し、ガリーは自力で地球までたどり着いた。こうしてガリーの復讐が始まった。どういう事情で見捨てられたのかが次第に明らかになってゆく。その真相は意外にも!という内容。


 このストーリーは、実在の事件に着想を得て書き上げられたのだそうだ。第二次世界大戦中、難破した筏がナチスの囮ではないかと警戒されたために、4ヶ月もの間漂流していたという事件だそうだ。それに『モンテ・クリスト伯』ばりの復讐劇が加えられている。


 なんといっても描写が非常に鮮やかで生き生きと描かれているのが印象的。特にラスト近くはタイポグラフィも駆使して、感覚的、ビジュアル的に仕上げられている。おそらくこれが書かれた1950年代には、非常に新しく斬新な印象があったことだろう。ストーリー自体もドラマチックで、今読み直してみても古びた印象なく楽しめる。ロッカーで生き延びていたり、頬に刺青が入れられていたり、謎のPireをめぐって駆け引きが行われたりと、刺激的で印象に残る要素がたくさん織り込まれている。多くのSF作家がこの作品に影響を受けたというのもうなずける。作者のベスターが多才すぎて、SF作家としてのみに専念していたわけではないことが残念だ。専念していたらもっと優れたSFがたくさん読めたことだろうに。