『ミストボーン』シリーズ

あらすじ

空から火山灰が舞い、老いた太陽が赤く輝き、夜には霧に覆われる〈ついの帝国〉。神のごとき支配王が千年のあいだ統べるこの国の底辺には、スカーと呼ばれる卑しい民が存在した。盗賊団の少女ヴィンは、とるにたらぬスカーとしてひっそり生きてきた。ある日、腕に凄惨な傷をもつ男に見いだされるまでは――金属を体内で燃やし、不思議な能力を発現させる盗賊たちの革命を描き、全米でベストセラーになった傑作、ついに開幕!

カバーより

あらすじ

〈霧の落とし子〉にして盗賊団を率いるケルシャー。彼の仲間に加わった少女ヴィンは、合金術の訓練を受けて、ルノー家の令嬢という偽の身分を装い貴族社会に入った。すべては〈ついの帝国〉を転覆させるという計画の一端である。計画の壮大さや過去の経験からケルシャーを信じかねていたヴィンだが、彼の人柄にふれ少しずつ希望を感じはじめる。そんななか、彼女はルノー嬢として、読書家の風変わりな青年エレンドと出会い……。

カバーより

あらすじ

七千人のスカー反乱軍は、大半が失われた。一度は潰えたかに見えたケルシャーらの計画だが、いまや帝都ルサデルの警備兵たちは街を離れ、相次ぐ暗殺事件によって貴族家間の緊張は高まった。帝都ルサデルの崩壊の準備は整いつつあるのだ。だが、十一番目の金属は本当に支配王を殺せるのか? ヴィンの貴族青年エレンドへの想いは? そしてケルシャーの本当の計画とは? すべての読者の心をふるわす衝撃と感動の完結篇!

カバーより

あらすじ

〈霧の落とし子〉ケルシャーの導きで、虐げられたスカーの民が蜂起し、支配王の千年に及ぶ統治が倒されてから一年。青年貴族エレンドが王位についた〈ついの帝国〉のルサデルは、ヴェンチャー卿の軍勢に囲まれていた。権力を希求する卿に、国家の理想を追うエレンドは抵抗するが……。いっぽう帝国の辺境を旅する〈たもちびと〉セイズドは、ある重大な真実に迫っていた。世界が絶賛する傑作シリーズ、待望の第二部開幕!

カバーより

あらすじ

ヴェンチャー卿とセト卿、それぞれ強大なふたつの軍に包囲されたルサデルの都に、辺境から帰った〈たもちびと〉セイズドによってさらなる危機が伝えられた。獰猛な獣人コロス族2万の軍勢が迫っているというのだ。都には難民が押し寄せ、食料不足が政情不安につながって、王となったエレンドを窮地に追いこんでいる。いっぽう彼の身を守るヴィンは、エレンドの異母弟でもある〈霧の落とし子〉ゼインの言葉に心揺れていた……。

カバーより

あらすじ

〈たもちびと〉セイズドは、支配王の過去にまつわる日誌をひもとき、かつて人々を導いた英雄〈時代の勇士〉が世界を司る力を得た経緯を知った。そこには〈即位のぼりの泉〉と呼ばれる莫大な力の源がかかわっていたのだ。いっぽう議会員の投票の結果、エレンドは王位を失い、都は敵軍に今にも蹂躙されようとしていた。未来に希望を託すため、セイズドは一計を案じる……ファンタジイ史に残る傑作シリーズ、怒濤の第二部完結篇!

カバーより

あらすじ

支配王亡きあと混乱し、戦の果てに飢えた帝国を救うため、予言を頼りに〈即位のぼりの泉〉を発見したヴィン。だが、彼女が解放した力は悪しきものだった……。それから一年が過ぎ、新皇帝にして〈霧の落とし子〉となったエレンドはヴィンとともに帝国全土を旅していた。街や人々を獣人コロス軍の襲撃から、そして〈深き闇〉こと霧から守るため――読む者の心を揺さぶるベストセラー・ファンタジイ、世界の謎に迫る最終章・開幕篇!

カバーより

あらすじ

解き放たれた〈破壊〉神が、人々を戦わせ世界を破滅に導いている。隠された貯蔵庫を探し求めるエレンドとヴィンは〈西領〉ファドレクス・シティの舞踏会で、街の支配者ヨーメンと対峙する。いっぽう〈北領〉のウルトーは、ケルシャーを崇拝する〈同志市民〉クェリオンが支配していた。貯蔵庫を探してこの街に来たセイズドブリーズは、先に潜入していたスプークと合流するが?! さまざまな謎が明かされゆく怒濤の第二巻!

カバーより

あらすじ

〈西領〉の王ヨーメンに囚われたヴィン。金属が尽き絶体絶命の世界の前に、〈破壊〉神が姿を表し世界への疑念をあおる。そしてコロス軍を率いてファドレクス・シティを包囲するエレンドは決断を迫られる――霧の正体とは、コロスやカンドラ、テリス族は何のために存在するのか、ヴィンとエレンドが導く〈破壊〉神と〈保存〉神の争いの行方は? 時代を代表する傑作シリーズ、雪崩のごとく衝撃的感動を呼びおこす完結篇!

カバーより

 このシリーズが面白いという話をどこかで目にして読みたいと思っていたのだが、全部で9巻とボリュームがあるため、しばらく読まずに放ってあった。だが、読み始めると止まらず、結局一気に読み進めることになった。当初期待していた以上に大当たりのシリーズだった。刊行されてからすでに数年が経っていて、手に入りにくい巻もあるようなので、興味のある方は品切れとなる前にお早めに。


 基本的には、〈支配王〉の君臨する〈ついの帝国〉をくつがえし、人々が平和と自由を得られる世の中をつくるために、主人公の仲間達が力を合わせて奮闘するエピック・ファンタジーだ。こう書いてしまうとありふれた物語のように思えるが、何より謎を少しずつ解き明かしていくストーリーテリングが秀逸だ。伏線の張りめぐらせ方が実に良くできている。また、あとがきで「サンダースンの雪崩」と表現されるほど、怒濤の勢いで物語が展開する。人物描写も巧みで、早々に死んでしまったキャラでも後々まで大きな存在感を示し続ける。それに、世界の創りこみもしっかりしていて、過去の歴史や未知の生き物、合金術の仕組みなど、きっちりと構成された優れたファンタジーに仕上がっている。さらに、物語は当初の目的だけでは終わらず、壮大な展開を繰り広げてゆく。



 魔法が登場するファンタジーはよくあるが、このシリーズには、一般的な魔法は登場しない。魔法の代わりに登場するのが、身体の中で金属を燃やすことで得られる特殊な力、合金術だ。このシリーズはこの合金術を活用することで、他のファンタジーとは一線を画した独特のものとなっている。


 合金術で使える特殊な力はいくつかある。一番面白い使い方が披露されているのが、金属を押したり引いたりする力だ。金属を引く力は、飲み込んだ鉄を身体の中で燃やすことで発揮できる。自分の体重より重い金属や固定された金属を引くと、自分自身がその金属に引き寄せられ、軽い金属を引くと、その金属が飛んで来る。鋼を燃やすとその反対に、金属を押すことができる。こうした合金術を組み合わせることで、空中を自在に飛びまわる、アクロバティックで迫力のある戦闘シーンが繰り広げられる。アニメや映画にすると見栄えがしそうだし、この合金術の設定はそのままRPGなどのゲームにも使えそうだ。


 金属を押したり引いたりする以外にも、錫を燃やして目や耳など自分自身の感覚を増幅させる合金術、白鑞を燃やして肉体能力を増強させる合金術、亜鉛を燃やして他人の感情をかきたてる合金術、真鍮を燃やして他人をなだめる合金術など、いくつもの合金術がある。燃やす金属とその効果は決まっていて、一定の法則がある。しかも同じ合金術を使うにしても、作者は新しい使い方を次から次へと披露してくれるので、こんな使い方もあったのかと常に驚かされる。


 合金術を使える者は、たいていどれか一種類の合金術を使える〈霧の使い〉だが、まれに全種類の合金術を使える者がいて、〈霧の落とし子〉と呼ばれている。主人公のヴィンも、そんな〈霧の落とし子〉のひとりだ。



 やせっぽちの少女ヴィンはスカーの母の元に生まれ、兄の指示に従って盗賊団の一員として働いていた。スカーの民というのは農奴階級の人々で、彼らは貴族たちの所有物として働かされ、自由も無く、貴族の気まぐれに殺されることもよくあった。兄しか身寄りのないヴィンは、極力目立たないよう身を潜めて何とか生き抜いてきた。そんなヴィンの元に、スカーを率い〈支配王〉を倒して〈ついの帝国〉の転覆をもくろむケルシャーが現われて、彼女を仲間に引き込んだ。〈支配王〉は死ぬことがなく、これまで千年の間〈終の帝国〉を支配し続けていた。


 ヴィンは自分が不思議な力を使えることには気がついていたが、合金術についてはまったく知識がなく、金属を燃やすことも知らなかった。やはり〈霧の落とし子〉であるケルシャーから、ヴィンは合金術の使い方を学び始める。彼女が元いた盗賊団と違って、ケルシャーの率いる一団は和気あいあいとしていて、警戒心の強いヴィンもいつしか心を開きはじめた。



 この世界は現実の世界とはちょっと異なっている。太陽は赤く大きく、火山からは灰が降り注ぎ、空は煙で覆われている。夜になるとあたりは霧に包まれ、スカー達は霧を恐れている。植物は茶色や白色で、花も咲かず果実も実らない。人々は緑の植物など想像もつかない。こうした世界の謎がしだいに明らかになっていくのが面白い。


 合金術のことについても、まず読者はそんな力など知らないところから始まって、ヴィンとともにこの力の仕組みについて少しずつ体験していく。次に合金術で使われる金属について明かされていく。いくつかある金属の中でもアティウムという金属はたいへん貴重で、〈支配王〉はそれを独占して採掘させていた。たいへん高価なこの金属を、〈支配王〉はどこかに大量に隠しているという。この莫大な財産を手に入れようと、多くの人々の権謀術数が繰り広げられる。アティウムで得られる合金術の力についても、おいおいと明かされていく。さらに、アティウム以外にも、合金術に使えるまだ知られていない金属があり、謎に包まれたその効果についても次第に明らかになっていく。


 合金術以外にも、金属を使った不思議な力が存在する。あらゆる知識を記憶している〈たもちびと〉や、目に大釘を打ち込んでいる異様な〈鋼の尋問官〉などだ。これらについても少しずつ明かされていくし、その特技を存分に使った見せ場もちゃんと用意されている。


 さらに、この世界には獣人コロス族やカンドラなどという独特の生き物が存在している。既存のファンタジーとは全く異なるオリジナリティあふれるこれらの生き物は、この世界とも密接に関わりがあって、重要な地位を占めている。こうしたものを物語に絶妙に絡ませるその手腕には脱帽だ。


 章の冒頭には、誰が書いたのかわからない文章が少しずつ掲載されている。これらについても、読み進めるうちに誰が書いたどういう文章なのかが、ちゃんとわかるようになっている。事情がわかってからこの部分だけをもう一度通して読み直したくなる。



 シリーズをすべて読み終わると、登場人物たちにもすっかり愛着がわいていて、力を尽くしきった彼らの生き方に感慨を覚えた。特に主人公の二人の生き様は感動的だった。こんなクライマックスが最後に控えていたとは、想像もつかなかった。物語を堪能しつくしてお腹いっぱいである。


 反乱に加わった人々の心情もことこまかく描かれており、それぞれの悩みやこだわりなどが掘り下げられていることで、奥深い物語となっている。特に、あらゆる宗教について収集していたセイズドがその意義を見失って悩んだり*1、脇役で地味なスプークが成長していく過程など、読み応えがあった。


 最終巻の解説によると、この物語から数百年後の物語『Mistborn:The Alloy of Law』も2011年度中の刊行をめざして準備中だとのこと。作者のサイト(http://www.brandonsanderson.com)を見ると、すでに刊行されているようだ。そのうち日本語訳が刊行されることをおおいに期待したい。

*1:しかもそれがラストでちゃんと拾われているあたりが素晴らしい