『空の都の神々は』
- 著者:N・K・ジェミン
- 訳者:佐田千織
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150205379
- お気に入り度:★★★★☆
遠い昔、光の神イテンパスと闇の神ナハド、黄昏の女神エネファが戦った。激戦のすえ勝者となったイテンパスは、
神々が兵器として為政者に使役されているという設定のファンタジー。世界設定などは遠い未来のようでもあり、SFっぽい部分がある。ローカス賞を受賞しているので、そのうちSFにならないものかと期待しつつ読んだのだが、ファンタジーのままだった。とはいえ、良くできていて面白かった。
辺境の弱小国ダールで育ったイェイナは、祖父のデカルタ・アラメリに呼び出されて空中都市スカイへとやってきた。デカルタは、〈十万王国〉を支配するアラメリ一族の長。イェイナの母親キニースはデカルタの娘で世継ぎだったのだが、義務を放棄してイェイナの父親と駆け落ちした。4ヶ月前キニースは突然亡くなった。母の死をゆっくり悲しむ間もなくスカイへ呼び出されたイェイナは、デカルタから世継ぎ候補の一人に指名された。三人の世継ぎ候補の中から生き残った者が彼の後を継ぐ。生死をかけた権力闘争に、イェイナは否応なく巻き込まれてしまった。
スカイでの風習をまったく知らないイェイナの目を通して、この世界の神々とアラメリ一族との持ちつ持たれつの関係や歴史が、少しずつ紹介されていく。
宮殿スカイには、アラメリ一族の奴隷となった
エネファーダはこうした状況を打開するためにイェイナに同盟を持ちかける。しかし実際には、イェイナの生まれる前から彼らの計画は進行していた。
イェイナの語り口がとりとめがないため、状況がとても摑みにくい。まるで熱にうかされて朦朧としているかのような時もあり、話も脈絡なくあちこちへ飛ぶ。自分が誰かはっきりしない時や、起きた出来事の順番が前後している時もある。どうやら、イェイナが未来のある時点から過去を振り返って語っているようだ。同じ話が表現を少しずつ変えて何度も語られるので次第にわかってはくるのだが、一度読んだだけではよくわからず、行ったり戻ったりしながら読むことになった。
生死のかかった権力闘争に巻き込まれたにしては、イェイナの行動はあきらめが良すぎて不思議に思える。世継ぎになろうと積極的に行動することもない。自分が世継ぎの争いに破れて死ぬ運命だということを、そのまま受け入れているように見える。また、ただ感傷にふけっている時もあれば、快楽に身を任せている時もある。最初から死ぬつもりなのか、がつがつしていない。
とはいえ、整合性がとれなくて読んでいて不満がたまるという感じではなく、ちょっと変わった雰囲気をうまく生み出しているように思う。全体的には激しい闘争と陰謀の渦巻く残酷で無慈悲な物語なので、主人公までもががつがつしていないのは救われる。
むしろ、彼女の関心は自分の母親へと向かう。20年前に母親が駆け落ちした時のことや、駆け落ち後にスカイを訪れた時のことを調べようとする。また、母親を殺させたのがデカルタではないかと疑い、仇を討とうとする。そして次第に、過去に起きた出来事が現在の後継争いと無関係ではないことがわかってくる。
ラストの展開は思っていたよりも爽やかなものとなった。後継争い自体はどうしようもなくどろどろしているのだが、この展開からこんなに爽やかになるとはちょっと予想外だった。
この物語は少女漫画にすると見栄えが良さそうだ。官能的な神々は、僕として何でもさせられる一方、残酷で恐ろしい一面も持ち合わせている。スカイの街や宮殿は光にあふれて美しい。衣装も、アームンのものは優美で、ダールのものは勇壮かつエキゾチック。少女漫画の細い線が似合いそうだ。ラストのクライマックスでは、建造物も衣装もアームン風からダール風へと変化し、視覚的にも見栄えのするものだった。作者はよしながふみ氏のファンのようだから、ぜひ彼女に漫画化してもらいたいものだ。
あとがきによると、この作品は三部作となる予定だそうだ。次作は2012年後半に刊行予定だとのこと。