『イリーガル・エイリアン』

あらすじ

あらすじ
人類は初めてエイリアンと遭遇した。4光年あまり彼方のアルファケンタウリに住むトソク族が地球に飛来したのである。ファーストコンタクトは順調に進むが、思いもよらぬ事件が起きた。トソク族の滞在する施設で、地球人の惨殺死体が発見されたのだ。片足を切断し、胴体を切り裂き、死体の一部を持ち去るという残虐な手口だった。しかも、逮捕された容疑者はエイリアン…世界が注目するなか、前代未聞の裁判が始まる!

カバーより

 ロバート・J・ソウヤーの作品は面白い。初めて邦訳された『ゴールデン・フリース』は、遠く地球を離れた宇宙船上での殺人事件を取り扱った作品で非常に面白かった。何と言ってもラストのどんでん返しが素晴らしいし、SF的なアイデアや目のつけどころが鋭く、唸らされる。しかもそれが核となるアイデアではなくちょっとしたエピソードでさらりと出て来るだけというあたりに、発想の豊富さを感じさせられた。例えば、敬虔なイスラム信者が光速の宇宙船に乗るとする。はたしてアラーに祈りを捧げるタイミングはどうなるか。これを計算した結果、祈りに時間を取られすぎて生活を送れなくなるという結論に達し、あるイスラム信者は宇宙飛行士となるのをあきらめた。こういった小ネタもなかなか面白くて、以来この人の作品はすべて買っている。


 今回の作品もなかなかよくできていて面白かった。地球に一番近い恒星アルファケンタウリからエイリアンがやって来る。故障した宇宙船を修理してほしいと、トソク族というエイリアンと地球人との交流が始まった。しかし一人の人間が殺され、容疑者としてトソク族の一人が逮捕された。エイリアンを被告に裁判が繰り広げられ、法廷ミステリーとしても楽しめるものとなっている。


 こういう設定は下手をするとコケかねないが、ソウヤーの場合はその心配がない。SF的にもしっかりした設定で、それが事件の謎を解く重要な鍵となっているなど良くできている。また陪審相手にトソク族の生態などが明かされていくので、SFに馴染みのない人でも読みやすい。


 推理小説としても意外なラストが用意してあり驚かされる。次第に明らかになっていく事件の内容やその明かし方もうまいものである。きちんと張られた伏線がきちんと終結しているので安定感がある。


 またマニア向けに、SF好きな人が思わずにやりとするネタが豊富に揃っている。スタートレックネタは頻繁に出てくるし、殺人事件がおきた時の講演会の講師がスティーブン・グールド(SF作家)だったり、エイリアンを招いたレセプションにスピルバーグ(映画監督)が出てきたりとサービス満点である。陪審を選ぶにあたっても、「ミスタースポックの父親の名前は?」などの質問がある。


 アメリカの陪審制度はそれに慣れていない日本人から見ると奇妙に思われるのだが、この作品では滑稽な点は茶化しながら、けれどもどう判断するのが一番妥当なのかを陪審達がきちんと考慮していて好感が持てる。


 私はジョン・グリシャム作の法廷ミステリーを一時期読みまくったのだが、弁護士という職業に作者が持っている辟易感が全面に出ていて閉口し、読まなくなってしまった。グリシャムは元々弁護士だったが、転向して作者になり、出す作品が次々映画化されて売れまくった。たぶん作者自身がこの業界に閉口していたせいだろう。グリシャムの代表作には『法律事務所』『ペリカン文書』『依頼人』などがある。


 しかしこの作品での裁判は、何が懸命かを冷静に判断している。またラストで思いがけない方向に話は進んでいくのだが、闇雲に報復するのではなく、正しく裁くということが、そこでも冷静に考えられている。その辺のバランスがとてもまともで、作者の考え方を反映しているように思う。


 エンターテイメントに富みながら、かといって軽すぎもせず、押さえるべきところは押さえた、よくできている法廷ミステリーSFである。