『ホミニッド−原人−』

あらすじ

クロマニョンが絶滅し、かわりにネアンデルタールが進化した世界で、量子コンピュータの実験をしていた物理学者ポンターは、不慮の事故でいずこかへと転送させられてしまった。一方、カナダの地下の研究所で実験を行っていたルイーズは、自分の目を疑った。密閉した重水タンクのなかに異形の人物がいきなり出現したのだ! 並行宇宙に転送されたネアンデルタールの物理学者の驚くべき冒険とは……? ヒューゴー賞受賞作

カバーより

 私の好きなSF作家、ソウヤーの新作。しかもこの作品は三部作*1だそうで、続編の『ヒューマン―人間―』が6月に、『ハイブリッド―新種―』が10月に刊行予定だそうだ。ソウヤーファンとしてはうれしい限りだ。


 『宇宙消失』(感想はこちら)と比べると、同じ並行宇宙を扱ったSFでも、はるかにとっつきやすい。ひとつには並行宇宙の理論の説明より、今のところネアンデルタールの社会の描写に力が注がれているからだろう。量子論はやはり難しい。それにソウヤーの作品の多くは、テンポが良くてミステリ仕立てともなっているので飽きさせない。法廷ミステリでもあった前作の『イリーガル・エイリアン』(感想はこちら)同様に、今回もネアンデルタールの社会での裁判の様子が描かれていて、行方不明となったポンターの友人アディカーが、ポンター殺害容疑で無罪を立証できるのかどうかが見所のひとつとなっている。


 まだ一巻目なので少し最後の盛り上がりに欠けているが、ストーリーテラーなソウヤーのことなので、今回もきっちり計算してさまざまな伏線が張り巡らされているだろうと思う。特に序盤でメアリー・ヴォーン教授が受けた被害の証拠品などは重要な伏線になりそうだ。その他にも、たくさんある並行宇宙の中でもなぜ我々のいる世界がポンターの出現する世界となったのか、この世界には何か特別な理由があるのか、またそれはネアンデルタールの滅びた原因となったのかなど、いずれ種明かしがありそうで期待が膨らむ。


 ソウヤーはネアンデルタールの研究についてずいぶん取材してこの作品を書き上げたようだ。彼の描いてみせるネアンデルタールの慣習や社会の仕組などは興味深い。男性と女性はほとんどの期間を離れて暮らしていたり、異性のパートナーだけでなく同性のパートナーがいたり、日常の道具類の違いや、宗教に対する考え方の違いなど、人間とは異なる種族の生活の様子が描かれている。笑えたのが慣用句の類いだ。「軟骨!」とか「新鮮な肉!」などに、「くそっ!」「うわあ!」などのルビがふられているのだ。


 こうしたネアンデルタールの社会を見ていると、人間社会の抱える暴力や差別、環境に対する問題など、考えさせられる。もちろんネアンデルタールの社会にも問題があり、好ましくない遺伝子を排除するのが果たして良いのかどうか、私にはよくわからない。少なくとも一族全部にその処置が行われるのは行き過ぎのように思える。それに、実際に暴力的な遺伝子の排除を実行したとすると、もしかすると種としての生命力自体が弱体化するのではないのだろうかとも思う。


 自然と見事に共存し、窓の外をマンモスの群れが移動するというネアンデルタールの風景はなかなか魅力的だ。おそらく次の巻ではポンターの世界にメアリーが訪れるのではないだろうか。ネアンデルタールの社会を人間から見るとどうなるのか、二巻目が待ち遠しい。

*1:シリーズ名は〈ネアンデルタール・パララックス〉