『都市と都市』

あらすじ

ふたつの都市国家〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉は、欧州において地理的にほぼ同じ位置を占めるモザイク状に組み合わさった特殊な領土を有していた。ベジェル警察のティアドール・ボルル警部補は、二国間で起こった不可解な殺人事件を追ううちに、封印された歴史に足を踏み入れていく……。ディック−カフカ異世界を構築し、ヒューゴー賞世界幻想文学大賞をはじめ、SF/ファンタジイ主要各賞を独占した驚愕の小説

カバーより

 一見ふつうの推理小説。これまでに読んだミエヴィルの作品(『ペルディード・ストリート・ステーション』(感想はこちら)、『ジェイクをさがして』(感想はこちら))は、いずれももっとファンタジー色や強迫観念の度合いが強かった。しかしこの作品はうってかわって、非常にオーソドックスで正統的な警察が捜査するタイプの推理小説として書かれている。けれどもそこはミエヴィル。推理小説というだけには終わらず、なんともハッタリめいたフィクションが仕込まれている。


 物語の舞台は架空の都市国家〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉。この二つの都市国家はかなり複雑に入り組んでいる。国境は単純に線引きされたものではなく、こっちは〈ベジェル〉、あっちは〈ウル・コーマ〉、そっちは共有の〈クロスハッチ〉地区と、二つの都市国家は複雑に入り交じっている。それなのに、この二つの国にはやっかいな慣習がある。それは、相手の国に属するものを存在しないものとして振る舞わなければならないというものだ。


 例えば〈ベジェル〉にいる人間は〈ウル・コーマ〉にいる人間を見てはいけない。触ってもいけない。建物やペットだって同様だし、屋台からの匂いだって嗅いではいけない。この慣習を侵すことは〈ブリーチ〉行為と呼ばれ、法律よりも厳格に禁じられている。


 完全に分かれている場所ならともかく、〈クロスハッチ〉地区で〈ブリーチ〉せずに歩くのは大変だ。こうした地区では、どうやら同じ道や公園などを二つの国の人々が入り交じって歩いているようだ。見てはいけないとは言え、全く見ずに判断することはできないので、人々は周囲の人を視界の端でとらえ、服装や雰囲気などからどちらの国かを瞬時に判断する。異なる国の人間だった場合は、見たり触れたりしないように気をつけなければならない。あたりが薄暗くなってくると、見分けるのもますます難しくなる。また、国の違いなどおかまいなしに何かが突発的に飛び出して来ることだってありうる。ペットや事故車両などは要注意だ。両国の人々が〈ブリーチ〉せずに暮らせるのも、幼い頃からの鍛錬のたまものである。


 もし〈ブリーチ〉行為を行うと大変なことになる。〈ブリーチ〉という組織がこれを監視しているのだが、実際には〈ブリーチ〉がどういった組織でどういった活動を行っているのかは、実は人々にはあまり知られていない。


 こんな架空の都市国家〈ベジェル〉で女性の遺体が見つかった。捜査の責任者ボルル警部補は殺人事件として捜査にあたる。完全オルター地区で見つかったため、当初は〈ブリーチ〉は関係ないと思われた。しかし、身元不明のこの女性は、二つの都市国家の統一を目指す組織と接触していたことが判明した。彼女はこうした組織に接触しては相手を怒らせ、その後〈ウル・コーマ〉へと移っていた。彼女はどうやら、都市伝説となっている第三の国〈オルツィニー〉について調べていたようだった。


 殺人事件の捜査そのものよりも、この偏執的な慣習に人々が翻弄されている様子がたいへん面白い。みんな疑問にも思わず一生懸命この変な慣習を守っている。これらの国では、人を殺すことよりもむしろ〈ブリーチ〉することの方が大きなタブーなのだ。とはいえ、慣習なんて他の国の人から見れば、多かれ少なかれこんな風にへんてこりんに思えるものかもしれない。日本人だって他国の人から見れば、「なんであんなに偏執的に靴を脱いだり履いたりしているんだろう」と疑問に思われているかもしれない。


 ミエヴィルのアイデア勝ちとも思えるこの架空の慣習は、物語にもうまく組み込まれていて良い出来だ。〈ブリーチ〉についても、二つの都市についても、細かく設定されてしっかり描かれているので、突飛な慣習だけれども説得力がある。ただ、ラストがもっと大きく根源からひっくり返っていたら、SFとしてもっと面白かっただろうにと、ちょっと残念ではある。何をSFと呼ぶのかはなかなか難しいが、私の区分けではこの作品は、SFというよりはファンタジーっぽい。とはいえ、もともとどっちつかずの境界あたりの作品を得意とする作者なので、本領発揮と言えるのだろう。ミエヴィルは、現在注目したいSF/ファンタジイ作家の一人である。


 架空の街で起きた殺人事件を警官が捜査するという点では、『ユダヤ警官同盟』(感想はこちら)もこれと少し似ている。ただ、『ユダヤ警官同盟』は読んでいる最中は今ひとつかったるかった。あの作品は、読後に思い返してみた方が読んでいる際中よりも良い印象があるという、不思議な作品だった。その点この『都市と都市』は、読んでいる間もちゃんと面白い。