『太陽の中の太陽』

あらすじ

漆黒の宇宙空間に浮かぶ地球サイズの巨大な風船を思い描いてほしい。その内部では百を超えるミニ太陽が輝き、雲や水や植林されたアステロイドが漂う。当然のことながらそこには重力はない。人々は、自らの領土に光をもたらすミニ太陽のそばに、町を築いて生活していた……驚くべき科学技術によって建造された、ヴェガ星系の外縁軌道上にある驚異の人工世界ヴァーガを舞台に、復讐に燃えるひとりの青年の波乱万丈の冒険物語!

カバーより

 独特の世界設定が魅力的な、ヴァーガを舞台とする冒険活劇。タイトルには「気球世界ヴァーガ」と銘打ってあり、原語では続篇が2冊刊行されているようなので、いずれは翻訳されてシリーズ物となるのかもしれない。本書はその第一作目。


 ヴァーガの宇宙空間には空気がある。そして重力は無い。このことがこの世界をたいへん面白いものにしている。宇宙空間を惑星サイズで包み込み、中に空気を詰め、核融合で燃える人工のミニ太陽をいくつも浮かべた、それがこのヴァーガの世界だ。


 人々はここに国家を築いて暮らしている。太陽を所有しない国は、太陽を所有している国から光や熱を分けてもらう代わりに、隷属するしかない。エアリーは、そんな太陽を持たない貧しい国の一つ。自分たちの太陽を建造してスリップストリームから独立しようと、秘密のレジスタンス活動を続けて来た。主人公ヘイデンの両親もそんな活動をしているメンバー。しかし、点火間近だった太陽はスリップストリームの艦隊に襲撃され、ヘイデンの母親は太陽とともに爆発してしまう。


 それから何年かが過ぎ、青年となったヘイデンは、母の仇ファニング提督を殺害するため、その妻ベネラのお抱え運転手としてスリップストリームに潜り込んでいた。奸計に長けたベネラは独自の諜報網を駆使し、強国ファルコン機構国の不穏な動きを察知していた。ベネラは夫を焚き付けてある計画に乗り出した。ファニング提督は艦隊を引き連れて、太陽の光の届かない冬空間へと侵攻する。ヘイデンもベネラとともにそれに同行する。


 表紙のイラストは重厚感のあるタッチで描かれているが、どちらかと言うとハードSFというよりソフトでエンターテイメントな内容のSFなので、ライトな水彩タッチのイラストの方が似合いそうだ。同じ空を舞台とする冒険活劇のせいか、『移動都市』(感想はこちら)と印象が似ている。ベネラの画策する計画とともに、ヴァーガの独特の世界が紹介されていく。空賊から襲撃されたり、宇宙空間に漂う水の中に隠れて住む人々の町を訪れたり、200年前の伝説の空賊の残したお宝を探したり、巨大な人工太陽キャンデスの内部で驚異に満ちた技術力を目の当たりにしたりと、世界観を楽しみながら物語の展開にわくわくできる。


 小道具も魅力的で、空気のある宇宙空間という設定のため一風変わったものとなっている。例えば、主人公ヘイデン乗るバイクは円筒形をしていて、地上を走るものとは異なっているようだ。彼はこれにまたがり、宇宙空間を駆け抜ける。空と宇宙の中間のような状態が面白い。宇宙船や街なども、気密がしっかりしている必要がないため、大雑把な手作り感あふれる作りとなっていて新鮮だ。作者が技術コンサルタントも手がけているそうなので、こういった特殊な世界に合わせた技術の設計は、本領発揮といったところなのだろう。楽しんで考えている雰囲気が伝わってくる。私自身は機械や仕組みなどにあまり関心がないけれども、関心のある人にとっては興味深いだろうと思う。