『天冥の標6 宿怨』(Part1〜Part3)

シリーズ第6弾は、Part1〜Part3まであり長い。

Part1では、《救世群ラクティス》の議長モウサ・ヤヒロの長女イサリ・ヤヒロが、スカウトの少年アイネイア・セアキとスカイシーで出会い、友情を育む。

Part2では、イサリと妹のミヒルがセレスを訪れ、テロに巻き込まれ、それを阻止する。《救世群ラクティス》は異星人《石工メイスン》の技術で身体改造し、非染者ジャームレス相手に戦争を始めてしまう。

part3では、《救世群ラクティス》は硬殻化クラストライゼーションの大きな落とし穴に気付き、裏切りによって計画は大きく狂う。一方、パラスのブレイド・ヴァンディは、そんな《救世群ラクティス》と命がけで信頼関係を構築しようと試みる。

500年近く迫害を受けてきた《救世群ラクティス》のこれまでの恨みつらみが噴出し、太陽系人類にとっては大きな転換点となる3冊である。

『天冥の標Ⅵ 宿怨』(Part1)

あらすじ

西暦2499年、人工宇宙島群スカイシー3で遭難した《救世群ラクティス》の少女イサリは、《非染者ジャームレス》の少年アイネイアに助けられた。二人は氷雪のシリンダー世界を脱出するための冒険行に出発するが――。一方、太陽系世界を支配するロイズ非分極保険社団傘下の、MHD社筆頭執行責任者ジェズベルは、近年、反体制活動を活発化させる《救世群ラクティス》に対し、根本的な方針変更を決断しようとしていた。大いなる転換点を迎える第6巻前篇

カバーより

2499年。生態保存天体群スカイシー3に来ていた《救世群ラクティス》の少女イサリは、星のリンゴを食べたいと抜け出したが、吹雪の中で迷子になっていた。自己循環する生態系を育てているスカイシーでは、多くの動物が野生に近い状態で生息していて、自然を模したその環境は、イサリの想像より遥かに大きく過酷だった。

ロボットのフェオドールを連れてスカウト仲間とハイクしていたアイネイアは、そんなイサリを助けた。二度と来られないイサリのために、スカウトたちは3日間イサリと行動を共にし、純粋な善意から彼女にキャンプ旅行をプレゼントした。星のリンゴも食べに向かう。皮膚の落屑などを焼き落として感染を防ぐタレットと、アイネイアの的確な処置のおかげで、誰にも感染させなかった。

副議長ロサリオの元に無事に戻ったイサリは、彼らがイサリを《救世群ラクティス》と知りながらもそれを感じさせないよう気遣い、楽しませてくれたと理解する。非染者ジャームレス*1にも良い人がいると知ったイサリ。

しかし、ロサリオはスカイシーでクトコトの標本を得ようとしていた。

イサリを助けたアイネイアは、父親ディトマールが《日本特定患者群連絡医師団リエゾン・ドクター》の医師、祖母は自宅療養中の冥王斑回復者だったため、《救世群ラクティス》の扱いに慣れていた。

アイネイアはノイジーラントのオラニエ・アウレ―リアが計画している有人恒星間航行計画(ジニ号計画)の乗員に選ばれていて、スカイシーへは生物種の譲り受けの交渉に来ていた。アダムス・アウレーリアが200年前に始めたこの計画は、コルホーネン水の発明で冷凍睡眠が可能となり、ようやく実現しようとしていた。ジニ号は3年後に太陽系を出発する予定だった。スカウト仲間でアイネイアの恋人のミゲラ・マーカスも、この計画への参加を決意する。

一方、MHD社がセレス南極の大盆地に隠しているドロテア・ワットには、イサリの兄のオガシ准将や妹のミヒルが潜入し、《酸素いらずアンチ・オックス》の戦闘部隊や、ラゴス、スキットルなど《恋人たちラバーズ》がこれを補佐していた。アイネイアの母親ジェズベルは、MHD社の筆頭執行責任者として対応に追われる。

オガシと護衛の《救世群ラクティス》は硬殻化クラストライゼーションしていた。全身が硬い殻に覆われて大きく強くなった身体は、真空でも行動でき、鉤爪や太い尻尾もあった。彼らは戦闘能力が非常に高く、襲ってきた警備の倫理兵器エチック・ウェポンも刃が立たなかった。こうしてミヒルがドロテアから連れ戻った六本脚の生き物は、イサリたちがスカイシーで撮影したクトコトと同じ種の生き物だった。

救世群ラクティス》はここ数十年で、《恋人たちラバーズ》やシグムント率いる《酸素いらずアンチ・オックス》の協力を得て、物理力、軍事力を強化していた。《恋人たちラバーズ》は20年前に人工天体のハニカムごと小惑星エウレカまで移動し、二つの天体を結合させていた。シグムントたちは冥王斑の回復者で、ノイジーラントを追放されて転々とした後、《救世群ラクティス》の戦闘部隊を引き受けていた。彼らは密かにVO計画を進めていた。

イサリはスキットルと仲良くなり、非染者ジャームレスとも仲良くしたいと悩みを打ち明ける。しかしミヒルは始祖のチカヤに傾倒し、始祖伝の独自解釈にのめり込んでいた。それは檜沢千茅の書いた元の内容とは書き換えられていた。

ラストで《石工メイスン》とみられる小生物が登場する。ロサリオはダダーの忠告に耳をかさず、《穏健な者カルミア》に指示してエウレカの羊を一掃した。オガシはその褒美として彼女らが故郷と交信するための大きなアンテナを建造してやった。

13歳の無邪気なイサリの願いとは裏腹に、軍事増強に突き進んでゆく《救世群ラクティス》。イサリは《救世群ラクティス》の支配者の血筋を引くものの、流れを止められず悩んでいる。

『天冥の標Ⅵ 宿怨』(Part2)

あらすじ

太陽系世界の均一化をめざすロイズ非分極保険社団に対して、《救世群ラクティス》副議長ロサリオ・クルメーロは、同胞に硬殻化を施して強硬路線を推し進める。その背後には秘かに太陽系を訪れていた異星人《穏健な者カルミア》の強大なテクノロジーの恩恵があった。いっぽうセレス・シティの少年アイネイアは、人類初の恒星船ジニ号の乗組員に選ばれ、3年後の出航を前に訓練の日々を送っていたが――すべての因果が悲劇を生む第6巻第2弾。

カバーより

Part2では、地球に到着した《石工メイスン》が《救世群ラクティス》に協力し始める経緯が明らかになる。

ミスン族のミスミィたちは総女王の指示により、迫りくる宇宙的な危機への協力要請のため、太陽系までやってきた。パナマハン飛来体として観測されていた母船は、2466年にステルス化して到着した。ミスミィたちが選んだ交渉相手は《恋人たちラバーズ》で、やがてハニカムを要塞化した。《恋人たちラバーズ》は《救世群ラクティス》を従うべき主人と考えていたため、ラゴスの依頼でハニカムエウレカまで移動させてくっつけた。《救世群ラクティス》は高速船やステルスの技術を欲しがった。

ミスミィたちは、ハニカムに来たオガシを硬殻化クラストライゼーションしてみせた。この身体は戦闘能力が高く、皮膚の落屑を防ぎ病気にも罹患させにくかった。また、人間に戻すことも可能だった。

硬殻体クラストの強さは受け入れられ、《救世群ラクティス》はミスミィたちと契約を結んだ。ミスミィたちは《穏健な者カルミア》という呼び名が気に入った。《救世群ラクティス》は、異星人の技術で武装化していった。

2502年、第三次拡張ジュネーヴ協定(クアッド・ツー)のアップデート会議であるQ2UAが、セレスで開催された。《救世群ラクティス》もこの会議への参加を認められ、ロサリオがイサリとミヒルを連れて参加していた。

夜、イサリとミヒルはホテルを抜け出し、セレスの街へ繰り出した。しかし、彼女たちを利用しようとするテロリストに拉致されてしまう。彼らはQ2UAでロイズ要人の命を狙っていた。二人はテロリストの家に閉じ込められ、通信手段を奪われる。イサリは標的がアイネイアの母親だと気づき、彼に知らせてスカイシーでの恩返しをしようと知恵を絞る。

イサリの奮闘は報われ、アイネイアとも再会できた。とはいえ、彼はもうじきジニ号で太陽系の外へ向けて出発しようとしていた。

だが、肝心のQ2UAの会議では、好意的と思われた当初とは裏腹に、最後は《救世群ラクティス》のメンツを潰す結果が採択された。《救世群ラクティス》の要望は受け入れられたものの、保護観察下に置かれていたため国家として認められず、エウレカへは監視団が派遣されることになった。これを受けて《救世群ラクティス》の戦争へ向けた流れは加速し、全員が硬殻化クラストライゼーションした。

オガシとシグムントはブラス・ウォッチと名乗り、地球を攻撃して軌道エレベーターを破壊、致死率が95%と異様に高い冥王斑ウイルス原種をばらまいた。ロイズ社団は太陽系艦隊システムフリートで対抗するも、異星人の技術で作ったブラス・ウォッチ艦隊と硬殻体クラストの戦闘力は高く、かなわなかった。

エウレカから議長のモウサが太陽系を支配したと宣言する。逆らう都市には冥王斑原種ウイルスがばらまかれ、多くの人々が死亡した。

救世群ラクティス》の太陽系征服は順調に進んでいると思われたが、カルミアンは人間とのコミュニケーションが不得手だったため、いくつかの致命的な問題が発生していた。

一つは《救世群ラクティス》のアイデンティティを根本から揺るがすものだった。

ミスミィと会話していたイサリは、本来《救世群ラクティス》が一番必要としているものをカルミアンが作れると知って、愕然とする。誰もそれを作るよう頼まなかったのだ。しかし、これさえあれば硬殻化する必要も、戦争をする必要も、全くなかった。だが、すでに遅すぎた。

イサリは初期ロットを作らせたものの、戦争を始めた今、これを公にすると確実に敗戦すると思われた。作らせたものを秘密裏に《恋人たちラバーズ》の工房へ届けさせる。

もう一つの問題は、悲惨な結果を招いた。カルミアンは硬殻化手術の際、ヤヒロ一家以外の《救世群ラクティス》の「必要を絶った」。これを知ったオガシは暴れだして止められなくなった。「もう、やめていいのです」とミスミィ。

救世群ラクティス》はシリーズ第3弾でグレアが暴走したが、暴走すればするほど、ますます追い込まれて行く。しかし懲りずにまたエスカレートする。今回も、強力な技術力を手にして暴走に拍車がかかる。なまじっかロサリオが有能なだけに突き進んでしまう。

それでもQ2UAの会議でもっとロイズ側に《救世群ラクティス》への配慮があれば、彼らは思いとどまったのかもしれない。

それはそれとして、世界を征服するために、宇宙でどう戦争を展開するのかといったところも見どころの一つだ。

『天冥の標Ⅵ 宿怨』(Part3)

あらすじ

西暦2502年、異星人カルミアンの巨大なテクノロジーにより、《救世群ラクティス》は全同胞の硬殻化を実施、ついに人類に対して宣戦を布告した。准将オガシ率いるブラス・ウォッチ艦隊の地球侵攻に対抗すべく、ロイズ側は太陽系艦隊システムフリートの派遣を決定。激動の一途を辿る太陽系情勢は、恒星船ジニ号に乗り組むセレスの少年アイネイア、そして人類との共存を望む《救世群ラクティス》の少女イサリの運命をも、大きく変転させていくが――第6巻完結篇

カバーより

カルミアンは《救世群ラクティス》に致命的なダメージを与えていた。元に戻すためには、セレスを占領してジニ号を奪い、セルマップのバックアップを入手する必要があった。とはいえ、対外的には《救世群ラクティス》は順調に太陽系を支配しつつあった。

救世群ラクティス》に降伏を宣言したパナストロ共同体の主星パラスに、《救世群ラクティス》からノルベール・シュタンドーレ総督が脚の不自由なエファーミア婦人と送り込まれ、商務大臣のブレイド・ヴァンディが対応にあたった。シュタンドーレ夫妻は首都ヒエロンの一角にそのまま住み始め、その区画は汚染された。

ブレイドは家族付き合いのある《酸素いらずアンチ・オックス》の娘メララ・テルッセンから重要な提案を受けた。メララは以前、ブレイドの息子のジョージやそのスカウト仲間にも、ダダーと名乗る喋る羊のことを相談していた。

メララは、羊から聞いたミスチフやオムニフロラ、ノルルスカインのことをブレイドにも話す。《救世群ラクティス》は危険だが、その内部に何者かが潜んでいて、ミスチフに対抗するためにはその力を借りる必要があった。メララはシュタンドーレ総督と信頼関係を築くようブレイドに勧める。

シリーズ第5弾で登場したアニーの子孫であるブレイドの妻アリカは、メララの話を請け合った。

ブレイドはシュタンドーレ夫妻と同じ区画に移り住み、命がけで信頼関係を築こうと試みる。アリカやメララも食事に同席した。メララはシュタンドーレ総督に、《救世群ラクティス》も人間なのだから、人類文明を守る義務があると諭す。

ブレイドの試みはパラスの人々には理解されず不評だったが、シュタンドーレ総督は態度を変えつつあった。

だが、MHD社のジェズベルの秘策でドロテア戦艦が動かせるようになり、これを投入したことで戦況が変わった。木星でエネルギーを溜め込み、グレアによって強力な大砲を取り付けられたドロテア戦艦は、圧倒的な戦力を誇った。《救世群ラクティス》の旗艦は撃沈された。エウレカも滅ぼされたが、イサリたちはその前にハニカムで脱出していた。《救世群ラクティス》は大きな被害を受けた。

しかし、これは裏切りによるものだった。これを口実にVO計画が実施され、すでに撒かれていた冥王斑原種ウイルスが、発病トリガーにより活性化した。アイネイアの父ディトマールはこのトリガーが何か探していたが、すでに遅かった。

総督の妻のエファーミア婦人は、発病トリガーを免れていたメララを自分たちの宇宙船ソウヤマルに避難させた。他にも発病しなかった多くの人々をエファーミアは受け入れ、ソウヤマルはパラスを離れてセレスへと向かった。

イサリは状況のあまりの変化に恐怖を感じていた。また、イサリが大切に思っていたがために、アイネイアが感染させられてしまった。

恋人たちラバーズ》は《救世群ラクティス》が凶暴化しすぎて対処が難しくなったため、ハニカムを去ることにした。ミヒルの恋人役だったラゴスは彼女に別れを告げ、《恋人たちラバーズ》全員の意識を数人の身体に圧縮して詰め込み、工房のあるシェパード号で出発した。イサリはスキットルにアイネイアを頼み、シェパード号で看病してもらう。

出発間近のジニ号は、まだセレス近辺でアイネイアの合流を待っていた。しかし、ある戦艦に拿捕されて冷凍睡眠装置を要求された。ジニ号は倫理兵器エチック・ウェポンに攻撃される。シェパード号で駆けつけたアイネイアの活躍でピンチを切り抜けたものの、ジニ号はシェパード号ともどもセレスへと落下していった。

地球からは宇宙へ出ることができず、宇宙の植民地からも人々の消息が消えつつあった。

ミスチフはあちこちに潜んでいるので、誰が敵で誰が味方かわかりづらい。《救世群ラクティス》も一枚岩ではなく、恨みつらみで暴走しているだけの者と、ミスチフに操られて行動している者がいる。また、一見まともな世界的企業のロイズ保険社団やMHD社は、ミスチフに操られかなり危ない集団となっている。

太陽系全域に全面戦争を仕掛け、怪物のような外見になった《救世群ラクティス》。彼らと手を結ぶよう言われても、生半可ではなかっただろう。繁栄していた太陽系人類の世界は、怒涛のように崩れてゆく。

イサリとミヒル、二人の姉妹の人生は、どこで分かたれてしまったのか。イサリがスカイシーへ、ミヒルがドロテア・ワットへ、たまたま行った行き先が運命を分けたのだろうか。もしミヒルもスカイシーへ一緒に行っていれば、彼女もここまで暴走しなかったのか。ミヒルにも千茅の友達の青葉のような誰かがいれば、違ったのだろうか。

*1:冥王斑に罹っていない者