『天冥の標5 羊と猿と百掬の銀河』
お次は、宇宙を開拓する懸命で可憐な農家の人々と、それを見守る《
これまで「羊」に展開して
『天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬 の銀河』
- 著者:小川一水
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150310509
- お気に入り度:★★★★★
西暦2349年、小惑星パラス。地下の野菜農場を営む40台の農夫タック・ヴァンディは、調子の悪い環境制御装置、星間生鮮食品チェーンの進出、そして反抗期を迎えた一人娘ザリーカの扱いに思い悩む日々だった。そんな日常は、地球から来た学者アニーとの出会いで微妙に変化していくが――。その6000万年前、地球から遠く離れた惑星の海底に繁茂する原子サンゴ虫の中で、ふと何かの自我が覚醒した――急展開のシリーズ第5巻
カバーより2349年、
そんな折、タックは地球から来た女性の学者アニー・ロングイヤーを自宅に半年間受け入れることになった。
2189年に火星で起きた、繁殖力が強くて食用にならない植物レッドリートによって火星全土が赤く覆われてしまった災害を受けて、地球では操作生物の取り扱いや外来種の移動が厳重に管理されていた。アニーはこうした制限のないパラスで自由な作付けについて学ぼうとしていた。
タックは
ザリーカは農場を抜け出し首都ヒエロンで同級生と同居し始めた。しかし、ザリーカとタックには秘密の過去があった。ドロテア・ワットを動かそうと目論む勢力の企みにより、ザリーカは窮地に立たされる。しかし、タックも、農家仲間が危機に見舞われている真っ最中だった。
ようやく娘のピンチを知ったタックは、同じく農家仲間でノイジーラント出身のテルッセン家の協力を得て、ザリーカを助けに向かう。結果的にそれは、ノイジーラントの強襲砲艦対MHD社の艦隊化ヒューマノイドとの戦争へと発展していった。
こうしたタックたちの物語の合間に、ダダーのノルルスカインの6億年くらいにわたる生涯が語られる。
サンゴ人たちの間でのんびり育った被展開体のノルルスカインは、同じく被展開体のミスチフと出会い、一緒に旅をしていたが、邪悪でいたずらっ子のミスチフとは次第に意見が合わなくなり、別れて旅を続けていた。しばらくして再会したミスチフは、「賢いつる、またはよく増えるヒートシンク」のオムニフロラに呑み込まれてしまっていた。
ミスチフは宿主種族にパンデミックを起こして大きな犠牲を与え、生き残ったものを自分の生態系に組み込み、他の恒星系へと移動して増え拡がっていた。
太陽系には、ノルルスカインは紀元前2000年ごろ到着したが、ミスチフはそれより4000年以上前に到着してひっそりとドロテア・ワットを作っていた。
今回ノルルスカインは、人間に個体展開したサブストリームとしてのみ登場していて、他の人にそれを吹聴もしないし、いつものような軽口もたたかずおとなしい。
ノルルスカインが長い年月考え続けた以下の問いは、このシリーズの重要なテーマのひとつだろう。
――なぜ宇宙は弱肉強食なのか。
――物理宇宙がそれを可能にしているというなら、知性の意味はなんなのか。
――強者がやがて臨界を迎えて覇権戦略 を掴み取るなら、弱者は、敗者は、達せられずに終わったあらゆる者は、何を示したと言えるのか。
P314,315より
ともあれ、旅行に持参するにはやはり、タオルではなくスポンジである。ダグラス・アダムスももしかすると個体展開したノルルスカインだったのかもしれない。(?)