『Self-Reference ENGINE』

あらすじ

彼女のこめかみには弾丸が埋まっていて、我が家に伝わる箱は、どこかの方向に毎年一度だけ倒される。老教授の最終講義は鯰文書の謎を解き明かし、床下からは大量のフロイトが出現する。そして小さく白い可憐な靴下は異形の巨大石像へと挑みかかり、僕らは反乱を起こした時間のなか、あてのない冒険へと歩みを進める――軽々とジャンルを越境し続ける著者による脅威のデビュー作、2篇の増補を加えて待望の文庫化!

カバーより
目次

  • プロローグ
    • Writing
  • 第一部:Nearside
    • 01 Bullet
    • 02 Box
    • 03 A to Z Theory
    • 04 Ground 256
    • 05 Event
    • 06 Tome
    • 07 Bobby-Socks
    • 08 Traveling
    • 09 Freud
    • 10 Daemon
  • 第二部:Farside
    • 11 Contact
    • 12 Bomb
    • 13 Japanese
    • 14 Comming Soon
    • 15 Yedo
    • 16 Sacra
    • 17 Infinity
    • 18 Disappear
    • 19 Echo
    • 20 Return
  • エピローグ

 自己言及型小説(?)。シュールでユーモラスなのに難しい短篇集だ。短篇がそれぞれ集まることで、一つの世界像というか、熾烈な戦いというか、いくつものパラレルワールドというかが、語られたり語られなかったりする。小説だからこそ成り立ち得る内容でもあるだろう。これを映像化するのはものすごく難しそうだ。


 主な登場人物は、ネジの外れた調子っぱずれのリタと、北米大陸で一番賢いジェイムス、それに語り部を務める「僕」ことリチャード。リタに惚れた友人のジェイムスのために「僕」が二人の仲を取り持とうとした時、「イベント」(の派生現象)が起こる。この「イベント」とは、時間が粉々に砕け、順番も一貫性も滅茶苦茶になってしまった現象のようだ。


 短篇で展開されている物語のいくつかは、どうやら、この冒頭で登場した「僕」が成り代わった別バージョンであるらしい。これが何ともシュールで人をくった物語だ。こうした短篇がいくつも収録されることで、一つの世界像が徐々に見えてくる。


 ある時は、一族に代々伝わる、開かない箱を年に一度転がすという風習を継ぎ、どうしたものかと悩んでいる。ある時は、亡くなった祖母の家の床下からフロイトが大量に出て来たため、親戚一同でたわいない口喧嘩をしている。またある時は、悪の電子頭脳と勇者さんとの戦いの余波として毎朝次々と部屋の中に家具が生えるため、防衛戦の最前線の村でバールを振るって余分な家具をなぎ払っている。


 どうやら、宇宙は分断され、いくつもの巨大知性体がそれぞれの思惑で動き、各々の宇宙を成り立たせるために演算戦が繰り広げられているようだ。ジェイムスはその中でも重要なプランに従事している。さらにそこにアルファ・ケンタウリ星の超越知性体まで絡んできて、もはや人間には何がどうなっているのかさっぱりわからない、そんな状況であるらしい。


 他にも収録されている短篇は、AからZの各頭文字を持つ26人の数学者が一斉に同じタイミングで発見したため「A to Z定理」と呼ばれている定理の話、可憐な見かけのボビーソックスが実は野太い声で口汚くしゃべる男性で、ソックスの生態について「僕」に語りかけて来る話、100年経つと複製すらも一斉に消えてしまう鯰文書なる誰にも読めない文字の謎を解き明かした老教授トメの話、アルファ・ケンタウリ星の超越知性体から計算機呼ばわりされて憤る巨大知性体の話、巨大知性体の八丁堀の旦那がサブ知性体のハチと共に殺人事件を解決しようとする江戸っ子風な話、自分自身を箱の中にリプレースして波打ち際で波に洗われている元研究者の話など、シュールで多岐にわたっている。


 この体裁なら物語はいくらでも追加可能だろう。語られなかった物語でさえも、これらの物語に含むことができる。SFとしても、小説的な試みとしてもすごく面白いと思うのだが、一読しただけでは内容がなかなかわかりづらい。語り口は軽いノリなので読みやすいのだが、では具体的に何がどうなったのかというと、あまりよくわからない。感想を書くのが(こんな感想でも)すごく大変だった。