『アードマン連結体』

あらすじ

それぞれにさまざまな人生を歩んできた老人たちが集う施設、セント・セバスチャンで、ある日突然、奇妙な病気が蔓延した! だがそれは、その施設だけでなく、やがて全世界の80歳以上の老人すべてに……2009年ヒューゴー賞に輝く表題作ほか、悪事で財をなした老人の奇想天外な騒動を描いたネヴュラ賞受賞作「齢の泉」、時間テーマの傑作「オレンジの値段」など、SFの醍醐味が満喫できる全8篇を収録した日本オリジナル短篇集。(カバーより)

カバーより
収録作品

「ナノテクが町にやってきた」「オレンジの値段」「アードマン連結体」「初飛行」「進化」「齢の泉」「マリーゴールド・アウトレット」「わが母は踊る」

 これはいいなぁと思いながら短篇SFを読んだのは、久しぶりだ。そう思えた短篇集は、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』(感想はこちら)と、シェフィールドの『マッカンドルー航宙記』&続篇(『マッカンドルー航宙記』『マッカンドルー航宙記−太陽レンズの彼方へ』*1くらいだ。ナンシー・クレスは自他共に認める中・短篇を得意とする作家だけあって、個性的なひねりを利かせた独特の雰囲気を持った作品にしあげている。


 特に、「齢の泉」が良かった。SF的にアイデアが秀逸だとか、スケール感が大きいとか、そういう良さではないので他の人が読んでも同様に面白いと思うものかどうかわからないが、私の好みには非常にしっくりくるものだった。


 「齢の泉」は、86歳の老人マックスが、若かった頃の元恋人ダリアに会いたいと奔走する物語だ。ダリアは、年齢の凍結を可能にしたD治療に欠かせない人物だった。そのため非常に有名で、厳重に保護され幽閉されていた。D治療を受けると歳を寄らなくなるが、その代償に20年後には死亡する。


 マックスとダリアの過去のいきさつが、ダリアと再会しようとする現在の情景と交互に語られ、彼がどういう人生を歩んできたのかが次第に浮き彫りになってくる。裏家業で財を成し、富を築き上げたマックス。けれども家族との折り合いは芳しくない。悪事にも手を染めながら、嗅覚を頼りにしたたかに生きてきた。そんな老人の生き様に添えて、ビジネスで彼とウォルタチャを組んだ誇り高いロマ達との交流が、非常にいい味を出している。


 ラストもなかなか良い。声の変化で納得する場面だとか、女王然としたロマのロージーとマックスとの互いへの尊重の仕方だとか、ささいな部分がたいへん印象深い。こうした部分は、女性作家だからこそ描けるのかもしれない。


 一方で、SFの核となるD治療そのものについてはあまり詳しく語られない。それが可能となった未来の様子がところどころに挿入される程度だ。彼女の描くSFは、テクノロジーの中身についてではなく、それが人々にどう影響を与え、社会がどう変化したかについて描かれることが多いようだ。


 ことに、こうした変化がマイノリティ側の視点から語られる。前作の『ベガーズ・イン・スペイン』(感想はこちら)でもそれは同様で、遺伝子的には優位と見える〈無眠人〉を、選択の余地なく〈無眠人〉として生まれてしまいバッシングされているマイノリティとして描いていた。しかし、描かれる作品には卑屈な印象がない。「齢の泉」にしても、誇り高く自信に満ちあふれている。こういう視点があるから、彼女の作品は一風変わったひねりが利いていて面白いのかもしれない。

*1:ただしこの2作品は登場人物が通しで登場するので、長篇に近い