『スター・レッド』

 萩尾望都は少女漫画界の天才である。その独特の感性の鋭さと繊細さは誰にも真似できない。また構成力が抜群で、短編や原作付の物など読むとその上手さがよくわかる。彼女の漫画を初めて読んだのがこの作品であり、私の一番好きな作品でもある。こんな大御所がSFの描ける数少ない少女漫画家の一人だったのは、なんと幸運だったんだろうと、しみじみ思う。


 徳永星(セイ)(本名セイ・ペンタ・トゥパール)は、5世代目ペンタの火星人である。地球人徳永博士の養女として、火星人の特徴の白い髪、赤い目を隠し、地球人を装って暮らしていた。しかし火星に強く惹かれ、いつか火星に帰る日のことを強く願っていた。ある日セイは、謎の男エルグに正体を突き止められる。エルグは火星人の特殊能力についてデータを集めていた。


 火星人は本来は地球人の子孫である。火星は人が住めるようテラフォーミングされたものの、なぜかそこでは子供が生まれなかった。そのため火星は流刑地となり、その後しばらくの間忘れられていた。地球人が再び火星に目をとめた時、流刑者の子孫達は知らないうちに増えていた。聖地と呼ばれる特定の場所では子供が生まれ得ることを流刑者達は知り、子を設け世代を重ね、独自の文化を築き上げていた。火星で生まれた者達はいわゆる超能力を持っていて、世代が下るに連れてその力も強大なものとなっていた。 空気が希薄で乾燥した、過酷な自然環境のこの地で、彼らは超能力で明かりや空気を作り出し、環境に適応して生活していた。こうして彼らは火星人となった。


 火星に目を向けた地球人が火星人の子供を人体実験しようとしたことから、両者の対立が始まった。また唯一子供の生まれることが可能な聖地をめぐって、地球人は火星人と争った。戦争当時幼かったセイだが、両親が命がけで逃がし、それを徳永博士が助けて育てたのだった。現在は火星人は皆どこかへ姿を消してしまい、地球人がドームの中に都市を作って住んでいた。


 エルグはセイの特殊能力に関心を示し、何世代目の火星人からその力が現れるのか探ろうとする。エルグもまた、セイ同様にちょっとした超能力を使えた。また彼は、見たこともない奇妙な機器類をマンションに持っているなど、謎の多い人物だった。


 セイはエルグに連れられて、恋いこがれていた故郷火星にやってきた。しかし火星は、セイが夢にまで見た故郷とは違っていた。二人は行方知れずとなっている火星人を探すため情報を集めはじめる。生きた火星人を捕らえようとする火星人研究局や、セイの命を狙う火星人なども絡んで来て、それぞれの思惑で動き、スケールの大きいストーリーとなっている。エルグの正体も見逃せない。


 萩尾望都のSFを構築する基本要素が、このころからすでに多く取り入れられている。流浪の民、乾いた風、遺跡、物語、伝説、夢、時間、といったイメージで、独特の世界観と雰囲気を作り上げている。火星に恋する少女のイメージが鮮烈で、テーマのほとんどが男女の恋愛の少女漫画界の中で異彩を放っている。かといって全く無縁というわけでもない。滅びゆく火星に代り彼女の火星に成り得るかどうかと、いつの間にかラブストーリーへとすりかわっているのである。


 ストーリー展開はかなり意外で、ラストも「うーん、こうなってしまうとは…」といったものだった。ハッピーエンドでもなく、かといってアンハッピーエンドでもなく、予感や希望を感じさせる。SFとしては科学的な根拠はあまりないかもしれない。しかしイメージに流されるのではなくかっちりと設定されていて、クラークの『幼年期の終わり』などを思い出させる。


 凄いのはかなり深刻な内容を扱っているわりに、脇役陣がスラップスティックなところだ。「こんなノリでいいのか?」と思わせる程である。しかも服のセンスまでがなかなか凄かったりして、スラップスティック度を高めている。これはもう萩尾望都の独特の技で、やはり天才としか言い様がない。3世代目トリの火星人達のネーミングが「シラサギ」「ヨタカ」「黒羽」なのも天才たる所以で、彼女以外では通りそうもないネーミングである(笑)。


 現在幼児虐待をテーマとした長編漫画『残酷な神々が支配する』が連載中であるが、私としては早く彼女の次のSF漫画を読みたいところだ。

わたしの目は赤い。 わたしの髪は白い。 わたしは これをかくし続ける。 この地球では…。 でもいつか…! いつか! わたしは わたしがわたしでいられる国へ行ってやる。 かならず!
そこでは わたしは黒いコンタクトをもうはめない。 まゆも 髪も まつげも黒く染めない。 あの星では…。 だれにもわたしのじゃまをさせない。 火星…! わたしの赤い星…!本文より

惑星が泣いている…。
ちがう。 ちがう。 きみが感じたことだ。 きみの内部から来たものだ。 この柱が墓標のように立ち並んでいるものだから。
そう? ―そうかしら。 わたしには なにかが見えたように 思われたの。 それが わたしの心臓の上を こすっていくのよ…。 高いトーンで…。本文より

すごいわ。 生体の存続は この星ではそれほど罪悪なのね。 否定 否定 否定…。
さあ やっつけましょうよ…。 なぜなら…。
…しょうがないわ。 …無には無の 死には死の 意味があるのかもしれないから…。本文より

あれが火星? サンシャイン。
―火星はもうないんだよ… ジュニア。 いつも この時期には見られたんだがな。本文より