『エラスムスの迷宮』
本を買うときはたいてい、あとがきにはざっくりと目を通す。本書のあとがきには、著者の名前についてのコメントがあった。聞きなじみのない著者名だったが、なんと『大いなる復活のとき』(感想はこちら)を書いたサラ・ゼッテルだという。出版社の要請で名前を変えさせられたのだそうだ。この著者なら面白いだろうと買ってみた。
人類の寿命が大幅に延びた未来。地球を中心とする太陽系ではパクス・ソラリスが実現し、地球統一世界政府治安維持省の「守護隊」はその平和を推し進めるべく、ホット・スポット(紛争が懸念される地帯)を分析して紛争を未然に防いでいた。
その守護隊を30年前に引退したテレーズの元に、任務に復帰するよう要請があった。守護隊が分析していたホット・スポットのエラスムス星系で元同僚のビアンカが死亡し、後任はテレーズしか務められないと指名していたのだ。ビアンカの分析によると、エラスムス星系が地球に戦争をしかけてくる可能性が高まっているという。家族の猛反対をおしきって復帰したテレーズは、300歳以上の身体を再生手術で若返らせ、エラスムス星系へと向かう。
エラスムス星系は、星系の創設者である
エラスムス星系にやってきたテレーズたちの警護の責任者となったのは、エラスムス保安隊の大尉アメランドだった。彼はファースト・ブラッドの一人トリアン大番人から、テレーズたちを監視するよう指示される。一方、彼の幼なじみのエミリアは、テレーズたちの医療データをスキャンする責任者になった。自分の負債に加えて家族4人の負債をも返済しようと食事を切りつめ頑張っているエミリアに、負債を一気に返済するチャンスだと、ある計画が持ち込まれた。不穏な事態に巻き込まれつつあるエミリア。アメランドはエミリアの様子がおかしいことを心配する。
状況がなかなかわかりづらく、全体像が把握できるまで何度か読み直すことになった。まず、事情がわかりにくい。じっくり読めばたしかに書いてあるのだけれども、一度読んだだけでは読み過ごしてしまう。また、視点が切り替わるのもわかりづらい。主にテレーズとアメランドの視点から一人称で語られるのだが、場合によってはエミリアやその他の人々の視点からも語られている。
なにより、月の呼び方が一貫していないので混乱する。整理すると、エラスムス星系にはガス巨星の惑星が10あり、リース1、リース2などと呼ばれている。リース3の月には火星くらいのサイズのものが5つあり、そのうちの1つには天然の水資源があるため重要な拠点となった。第2の月:ホスピタル、第3の月:
わかりづらくはあるけれども、じっくり読むと登場人物たちの心情といったものが丁寧に書かれていて好感が持てる。テレーズは優秀なプロフェッショナルだが、家庭と仕事の板挟みになり悩んでいる。家庭も大切にしたいが、社会に対する義務感も強く危機的な状況を見過ごしにできない。SFである以前に働くプロフェッショナルの女性を描いた物語であり、時代が変わって寿命が3、400年と延びても、現代と同じように悩みを抱えながら活躍する物語だ。
一方、エラスムス人のアメランドとエミリアは、家族を人質にとられ、常に監視される社会で暮らしている。二人の関係は特殊なもので、恋人同士ではないものの、反乱をともにくぐり抜けてきたオブリビオンの子らの絆で結ばれている。彼らをとりまくがんじがらめの状況は救いのないものだが、それでも自分なりの倫理観に従って生きている。
過去の状況が長々と語られているが、読み終わってみるとそうしたことがうまく伏線として機能していることがわかってくる。派手さはあまりないけれども、ストーリーテリングのうまさを感じさせられる。もっとも、ビアンカの仕組んだ罠はあまりに長期間にわたりすぎている気はするが、寿命が延びたから時間感覚が違うのかもしれない。また、もったいぶって登場したわりには、カパはあまりにチンピラで終わりすぎた気がする。