『リヴァイアサン ―クジラと蒸気機関―』
- 著者:スコット・ウエスターフェルド
- 訳者:小林美幸
- 出版:早川書房
- ISBN:9784153350014
- お気に入り度:★★★★★
SFエンタテイメントの新叢書と銘打って創刊された〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉。本書はその記念すべき創刊号だ。
まず、装丁が目をひく。表紙には昔の児童書のような懐古調のイラストが描かれ、中面にもふんだんに挿絵が載せられている。紙は黄色味の強いもので、小口は茶色で手塗りされ、古びた雰囲気を出している。さらにビニールカバーつき。
小説自体も少年少女向けの正統的な冒険エンターテイメントとして良くできている。典型的なパターンの部分と、遺伝子組み換えで創られた人造獣などの独創的な部分とがいいバランスで混ざりあっていて、おたがいを引き立てあっている。ストーリーはスリリングで飽きさせず、大人が読んでもじゅうぶん楽しめる。
背景となる時代は1914年、第一次世界大戦がいよいよ始まろうとしている。主人公のアレックはまさに、暗殺されて大戦勃発の原因となったオーストリア大公夫妻の息子という設定の、歴史改変SFだ。
この世界では二つの勢力が拮抗している。ひとつはダーウィンによる遺伝子組み換えを受け入れた〈ダーウィニスト〉だ。もうひとつは機械工学を発達させた〈クランカー〉だ。どちらの技術も現代の水準よりもはるかに進歩している。イギリスなどの〈ダーウィニスト〉の国では、異種配合されたさまざまな
物語は、アレックがストームウォーカーを操縦して臣下たちとともに闇の中を逃げだすシーンから始まる。大公夫妻は暗殺され、アレックは暗殺した派閥から命を狙われていた。5人乗りの戦闘ウォーカーを夜間に操縦し、アレックたちは国境をめざす。いくら夜間とはいえ、こんな大きなもので逃げていてはすぐに見つかってしまいそうだ。以前、実物大のボトムズを見に行ったが、1人乗りでも相当大きかった。うっかり崩れてきたらひとたまりもない感じだった。それが5人乗りである。相当重そうだし大きそうなので、森などを抜けたとしても足跡がかなり目立ちそうだ。
一方、もう1人の主人公デリンは、空を飛びたい一心で性別をいつわり英国海軍航空隊へと入隊した15歳の少女。べらんめぇ口調で威勢が良く、士官候補生試験もまだなのに、ハクスリー高空偵察獣にぶら下がったまま風に流されイギリスを縦断するという強者ぶり。しかも、巨大
リヴァイアサンで任務に就くデリン、非常事態にそなえて父親の用意しておいた隠れ家を目指すアレック、さらに高名な科学者バーロウ博士も加わって、事態は思わぬ方向へと進行してゆく。威勢が良くて物怖じしないデリンと、育ちが良すぎるおぼっちゃまなアレックは良いコンビぶりだ。ダーウィニストとクランカーが立場を超えて協力し合い、共通の敵から窮地を脱する様子がみどころだ。
戦争となる要因を、うまくSF的な設定と関連づけて史実に絡めているあたりがとてもよくできている。それに、二つの技術を対抗させている点が面白い。これらの技術は戦闘に使われ、熾烈な攻防戦が繰り広げられる。また、二人の主人公は異なる陣営に属している。とりあえずは目の前の窮地を脱するために協力しあうが、今後はどうなるのかわからない。だが、それぞれの技術の良さや違いを再発見するシーンなどもあり、見せ方がうまい。
さまざまな情勢を大局的に見透かしたバーロウ博士は、アレックの正体を的確に見抜いているようだ。彼女はさまざまな要望を押し通すだけの影響力もそなえていて、コンスタンティノープルを目指している。彼女が届けようとしているものは何なのか、また、情勢が戦争へと突入することを阻むことができるのか、気になるところだ。
ストーリー自体もあれこれと見せ場があってとても面白いけれど、登場する人造獣がこれまた興味深い。
本作は三部作で、第二巻は『ベヒモス』、第三巻は『ゴリアテ』という仮題がつけられ、今後の配本で刊行される予定だ。第三巻では日本も参戦し、リヴァイアサンは東京へも向かうようだ。アレックとデリンの冒険がどう転んでいくのか、バーロウ博士はどう立ちまわるのか、どんな人造獣やウォーカーが活躍するのか、今後も非常に楽しみだ。