『遺伝子の使命』

あらすじ

青年医師イーサンは、銀河の要衝たる巨大宇宙ステーションに一歩を踏み出した。彼の故郷の星アトスでは男性だけが人工子宮を使って生殖を繰り返してきたが、それを支える卵子培養基が疲弊し、新しい培養基が惑星外から取り寄せられたのだった―だがそれはどこかで廃物にすりかえられていた。この重大事に、彼は委員会の特命を受け単身送り出されたのだ。しかし田舎者の彼はステーションに着いた途端に揉め事に巻き込まれる。窮地を救ってくれたのは、マイルズの右腕たる美貌の傭兵中佐エリ・クインだった。男しか知らない彼はあたふたするばかり。さらに暴漢に拉致されて命の危険にさらされる…この一件が惑星間抗争を引き起こす一大事件につながっていようとは!

扉より

 ヴォルコシガン・サガ*1の番外編。マイルズの部下で恋人のエリ・クインが単独任務で活躍するが、マイルズ自身は登場していない。また主人公イーサンもこの巻に登場するのみだ。しかしシリーズでお馴染みの国や人などがところどころで言及されていて、楽しめる。シリーズにおける年代順としては、『天空の遺産』の直後くらいだそうだ。


 イーサンの故郷のアトスは、女人禁制の社会を実現するために辺境の惑星に植民した人々が築いた、男性しかいない独特の社会構造を持つ惑星。女性のいないアトスでは、卵巣が培養基で培養され、その卵子を使った人工受精が行われていた。イーサンは人工授精を行う医師として生殖センターで働いていた。しかし最初の入植者達が200年前に持ち込んだ卵巣は疲弊し始めていて、卵子の出来る数も少なく、また正常に受精しなくなってきていた。早晩アトスにある全ての培養卵巣が使えなくなるだろう。


 これを解決するために、人口調整委員会はジャクソン統一惑星から新しい卵巣を購入した。閉鎖的なアトスでは知られていなかったが、ジャクソン統一惑星のバラピュートラ商館といえば、このシリーズの中では非常に悪名高い。案の定、届いたのは役に立たない廃物だった。培養卵巣がなければアトスの人口は低下し、暴動も起こりかねない。今度こそ確実に卵巣を手に入れるために、イーサンが大使として派遣された。イーサンの使命は、事態を調査してできれば返金してもらい、代わりに別のところからきちんとした新しい卵巣を購入して持ち帰ることだった。


 最初に到着したクライン・ステーションで、イーサンは生まれて初めて女性と知り合う。それが諜報活動中のエリ・クイン。その後イーサンは次々にトラブルに巻き込まれる。セタガンダのスパイ、彼らの探しているものを調査しているクイン、また、謎の人物テレンス・シーや、バラピュートラ商館からの追っ手なども加わって、事態は混乱する一方である。どうやらアトスに届くはずだったものは特殊なもので、どこかで何者かによってすり替えられ、その行方を追いかけているようである。


 次から次へと事件が起こり、息をつかせない展開となっている。またクライン・ステーションの社会の仕組みなどもそれと合わせてきっちり説明されている。ただ、少しご都合主義的なところが気になる。スパイ達の追いかけているものの謎はともかく、私としては、イーサンの当初のお使いがどうなることかと気になっていたのだが、ラストの展開には少し驚かされた。


 ビジョルドは女性の作家なのだが、彼女の描く社会形態には、非常に男性優位なものがいくつかある。シリーズの他の作品に登場するバラヤーやセタガンダなどもそのひとつだし、女性が存在さえしないアトスはその最たるものかもしれない。しかし表面的には男性優位だが、実は実質的には女性によって社会が大きく方向付けられている様子が描かれたものがいくつかある。女性には女性のやり方があるのだということが、いろいろな作品から読み取れる様に思う。今回クインのしたこともまさにそうで、アトスでさえも、これほど女性に影響を与えられているのだ。しかも、女人禁制にしたそのことがさらに女性の影響を強くしてしまっていて、皮肉ですらある。

*1:マイルズ・ヴォルコシガン(ネイスミス提督)を主人公とするスペースオペラ。身体にハンデを背負いながらも、切れ味鋭く躁鬱ぎみに活躍するマイルズが魅力的。邦訳されたものとしては、本編に『戦士志願』『無限の境界』『ヴォルゲーム』『親愛なるクローン』『ミラー・ダンス』が、番外編として『名誉のかけら』『バラヤー内乱』『遺伝子の使命』がある