『シャドウ・オブ・ヘゲモン』(上・下)

あらすじ

エンダーをはじめとするバトル・スクールの子どもたちは、恐るべき異星人バガーとの戦いに勝利した。エンダーは宇宙へと旅立ち、そのほかの子どもたちはそれぞれの故郷、両親のもとへと戻り、幸せな人生を送れるはずだった。だが、戦争の天才である子どもたちを狙う魔手が迫っていたのだ。エンダーの部下だったアルメニア人のぺトラ・アーカニアンも何者かに誘拐されてしまうが…『エンダーズ・シャドウ』待望の続篇

カバーより

あらすじ

エンダーを陰から助けたビーンにもまた敵の手が迫っていた。しかも、敵はビーンを家族ごと殺そうとたくらんでいた。ビーンをこの世から抹殺したいと思う人物は、ただひとり―アシルだった。かつてビーンの活躍により、異常で危険な人物として、バトル・スクールから地上の病院へ送られたアシルはロシアと協力してエンダーの部下たちを誘拐していたのだ。ぺトラたちを救いだすべく、ビーンの新たなる戦いがはじまった『エンダーのゲーム』から派生したシリーズの最新作。

カバーより

 『エンダーのゲーム』では、地球は昆虫のような外見をしたバガーと呼ばれるエイリアンから侵略されようとしていた。主人公エンダーは優秀な戦士で、バガーと戦うため、幼い頃からバトル・スクールで訓練を受けていた。ゲームのようなエンダーの訓練は次第に過酷さを増す。そしてついにバガーとの戦いは終結した。


 それとほぼ同じ出来事を、エンダーの片腕ビーンの視点から描き直したのが、『エンダーズ・シャドウ』だった。カリスマのあるエンダーに対し、生存本能に長けたビーンの裏方に徹した活躍や、ビーンの特異な幼少時代のエピソードが面白かった。


 本書『シャドウ・オブ・ヘゲモン』は『エンダーズ・シャドウ』の続編にあたり、バガーとの戦争終結後の激動の地球が描かれている。主にビーンが主人公ではあるが、エンダーと同じチームで戦ったぺトラをはじめ、各国に散らばったバトル・スクール出身者や、ビーンの最大の敵アシル、エンダーの兄ピーターなどがそれぞれ活躍していて、さまざまな人により織り成される歴史のうねりが描かれている。


 (他にも、『死者の代弁者』と『ゼノサイド』に、バガーとの戦争後地球に帰らず殖民船で外宇宙へと旅立ったエンダーの活躍が描かれ、『エンダーの子供達』に、エンダーの子孫の物語が描かれているようだ。これらの作品は未読だ。)


 『シャドウ・オブ・ヘゲモン』では、歴史を描きながらも、その背後に、人間には何が大切なのかということが描かれている。作者カードはモルモン教徒なのでその宗教観が垣間見えるところも少しあるが、そのほとんどは宗教の違いを超えた普遍的なもので、心に残る。人間と少し異なるビーンが、人間らしさとは何かを模索している物語である。


 ビーンは幼少時代を、過酷な状況をくぐりぬけて生き延びてきた。ビーンを息子のように愛するシスターカーロッタは、ビーンに道徳意識がなく、単に生き残ることを超えたもっと次元の高い本能や大儀のために生きることを理解していないと諭す。それを理解しようとするビーンの、こんなくだりが私は好きだ。

高原地帯であるアララクアラのとある丘のいただきに、日系ブラジル人一家が経営するアイスクリーム屋があった。看板には開業何百年と書いてあり、ビーンはシスターカーロッタのことばを思い出して、これを面白がると同時に感動をおぼえた。この一家にとって、コーンやカップにはいった各種の味のアイスクリームを作ることは、何年にもわたって延々と連続性を保つための大きな目標なのだ。これ以上にささいなことがあるだろうか?それでも、ビーンは繰り返しこの店をおとずれている。なぜかというと、この店のアイスクリームは、じっさい味がよかったからで、過去二百年、三百年のあいだに自分のほかにも大勢の人がここに立ち寄っては甘くておいしい香りにしばしばうっとりし、口の中でとろけるアイスクリームの食感を楽しんだことを考えると、その目標を鼻で笑う気にはなれなかった。一家はほんとうにいいものを提供し、そのおかげで人びとの人生がうるおっていたのだ。それは歴史に残るような気高い目標ではないけれども、とるに足らないと片付けていいものでもなかった。人が生涯の大半をこういう目標のために費やすのは、あながちわるいものではない。本文より


 また、『エンダーのゲーム』では残忍さが際立っていたピーターだったが、本書では両親の理解と声援を受け、幸福感に浸るところが印象的だ。程度の差はあれアシルと同様に野心家のピーターだが、自分の弱みを見た人間はすべて抹殺しないと気のすまないアシルとの決定的な差は、こういった家族の愛だったのだろうか。


 そのほかにも、正しいことを行うために大きな個人的苦しみを甘受するという意味の「サチャーグラハ」を実行しようとする人びと、自分に助けを求めてきたぺトラを救うために努力するビーン、アシルへの復習は神にまかすよう諭すカーロッタなど、より善く生きようとする姿勢が印象に残る。


 本書の後にさらに続編が刊行されているそうで、ビーンのその後が気にかかる。見方によっては人間ではないビーンが、人間として生きることができるのかが見所となりそうである。またアシルの行く末も気になるところだ。