『クリプトノミコン1―チューリング』

あらすじ

第二次大戦前夜、プリンストン大学に学ぶ青年ローレンスは、数学への興味を同じくする英国人留学生チューリングと出会う。やがて彼らは、戦争の帰趨を左右する暗号戦の最前線で戦うことに…それから半世紀、ローレンスの孫のランディもネット技術者として暗号に関わっていた。彼は大戦との因縁深いある策謀に巻き込まれていくが!? 暗号をめぐり、二つの時代―第二次大戦中と現代で展開される情報戦を描く冒険SF大作

カバーより

 暗号をテーマにしたフィクション。4巻にものぼる長編となっている。一応SFと銘打たれているが、1巻目を読み終わってもまだSF的な要素はまったくなく、SFかどうかよくわからない。そもそもストーリー自体もこれからどう転がってゆくのか、まだ予測がつかない。


 ストーリーは大きく二つの時間軸に分かれて進んでいる。一つは第二次大戦中の出来事、もう一つは現代の出来事である。


 第二次大戦中は、アメリカ海軍のローレンス・ウォーターハウス(もと木琴奏者で、出世して米英連合軍の暗号解読に携わることになった)からの視点と、暗号を解読していることを勘付かれないよう工作するアメリ海兵隊員ボビー・シャフトーからの視点で進められる。


 戦争を扱ったものはえてして重くなりがちだが、この作者の文体は軽妙で、重苦しくない。以前読んだ『スノウ・クラッシュ』(感想はこちら)もユーモアあるスピード感あふれるものだったが、その軽快さがそのまま引き継がれている。また作者の日本好きなところも今回もそのまま引き継がれていて、プロローグの冒頭もボビー・シャフトーの詠む俳句で始まっている。上海の戦時中の風景が視覚的に描かれていて、なかなか印象に残るプロローグとなっている。


 一方現代は、通信のベンチャー企業で一旗あげようと夢見るランディ・ウォーターハウスからの視点で進められる。ローレンスの孫に当たり、TRPGオタクでインターネットに詳しい彼は、今後増大するであろうフィリピンの通信事業に参入しようと計画を立てていた。友人のアビが目をつけたフィリピン沖の小さな島を海底光ファイバーケーブルの中継地点とし、フィリピンに大容量のデータを送ろうというのである。


 事業内容などが厳重なパスワードで保護された上でやり取りされていて、ここに現代の暗合技術が見られる。架空の暗合用のプログラムなどは出て来るものの、大して現実離れしてはいないが、現代のインターネット環境はすでに一昔前のSFじみてきていて、書き方次第で十分SFっぽく感じられる。


 二つの時間軸を行ったり来たりしているためストーリーが少し追いづらいが、個々のエピソードが独特で、それぞれ面白い。両者は暗合というキーワードで結びついて、どういう具合に一つのストーリーになっていくのか楽しみである。ランディ達が目をつけた島は戦時中日本軍に占領された島で、当時の海底に沈んだ船のサルベージといった話も出てきている。ここを舞台に色々な出来事が繰り広げられそうだ。