『ダイヤモンド・エイジ』
- 著者:ニール・スティーヴンスン
- 訳者:日暮雅通
- 出版:早川書房
- ISBN:4152083859
- お気に入り度:★★★★★
日常に普及したナノテクノロジーが、文明社会を根底から変容させた21世紀中葉。世界は、多種多様な人種・宗教・主義・嗜好の集まりからなる〈
文化の坩堝・上海でヴィクトリア時代復興を願うフィンクル=マグロウ卿は、孫娘の教育のため、〈若き淑女のための絵入り
しかし、ハックワースが自分の娘のために不正コピーした〈プライマー〉は、ある事件をきっかけに、貧困と虐待の境遇にある少女ネルの手にわたってしまう。〈プライマー〉をめぐる複雑な陰謀が渦巻くなか、そのささやかな物語によって育てられたネルは、己の人生という大いなる物語を切り拓き、その物語の力は、やがて激動の世界そのものを変えてゆく。
『ニューロマンサー』の“近未来”に『ハイペリオン』の“叙事詩”をリミックスし、デジタル仕様の世界観を華麗かつ過激に超越する、SF新紀元のパラダイムシフト。
ナノテクノロジーが浸透した未来を描いたSF。作者スティーブンスンはSFデヴュー作の『スノウ・クラッシュ』(感想はこちら)でもポストサイバーパンクの旗手とうたわれていたが、今回の『ダイヤモンド・エイジ』ではさらにポストサイバーパンクぶりを発揮していて、新しさを感じさせるなかなかよくできた未来像を作り上げている。『スノウ・クラッシュ』ではポップなアメリカのスピード感のあるイメージだったが、『ダイヤモンド・エイジ』では一転して、ヴィクトリア様式の厳格さと緻密で高度なテクノロジーが融合したイメージとなっていて、作品の幅広さを感じさせる。
このヴィクトリア様式とナノテクノロジーの融合した世界観はなかなか魅力的で、古風な生活様式を最先端のテクノロジーで復興させている。ネオ・ヴィクトリアという、株主達やプログラマーなど上流階級が属する
ナノテクノロジーもなかなか面白い。物は分子レベルでプログラミングされ、
ナノテクノロジストのハックワースは、ネオ・ヴィクトリアの大物のフィンクル・マグロウ卿の依頼で、本の形をしたラクティブをコンパイルする。マグロウ卿の孫のためのその本は、幼い少女を認識し、その少女の成長を助け教育するものだった。少女の生活をお話の中に取り入れ、その少女を主人公とした物語を読み聞かせる。わからない言葉や文字を物語のなかで教え、勉強しなければいけないものも学べるようになっている。一見魔法の本のようである。
主人公の少女ネルは貧しい家庭に生まれ虐待されていたが、偶然この本のうちの一冊を手に入れ、これに育てられた。本はプリンセス・ネルの冒険物語を語る。囚われた兄を助けるため、プリンセス・ネルは13本の鍵を求めて様々な相手と戦い、知恵を絞って1つずつ手に入れていく。この物語を通して現実のネルもさまざまなことを学び、やがて若い女性に成長した。そして現実世界で闘争の熾烈なナノテク戦争を切り抜けていく。
プリンセス・ネルの童話と反して、現実世界でのナノテクを使った部族間の闘争はハードだ。舞台は上海。さまざまな部族が勢力を競い合っている。ナノテク戦争の主流は、
面白いのは物語の中の城の一つにチューリング城という機械の城があったことだ。『ダイヤモンド・エイジ』のあとにスティーブンスンは暗号をテーマにした『クリプトノミコン』(感想はこちらとこちら)を書いているのだが、それと似た内容がここで出てくる。牢屋に閉じ込められたプリンセス・ネルは暗号を読み解いて自由の身になるのだが、かたや童話でかたや戦争ものと、同じテーマを使いながらもこれもまったく違った味付けになっている。おそらくこの作品を書きながら、暗号をテーマの作品を書きたくなって『クリプトノミコン』が生まれたのだろう。
ストーリーの最後の方はかなり駆け足で、ネルの行動や会話も最小限の説明になっている。もう少しディテールがあっても良かったのではないかと思うが、そうするとさらに長い話となってしまったのだろう。