『死者の短剣 惑わし』

あらすじ

わけあって家出した地の民のフォーンは、ひとり街道を歩いていた。途中立ち寄った農家で、謎多き民として知られる湖の民の警邏隊を見かけたのが、ことのはじまり。警邏隊員ダグと仲間たちが追っていた悪鬼の手下に、何も知らないフォーンが捕まってしまったのだ。フォーンとダグ、地の民と湖の民という異なる出自のふたりの出会いが運命を変えた。名手ビジョルドの新シリーズ。

カバーより

 ビジョルドの新作ファンタジー。〈地の民〉フォーンと〈湖の民〉ダグが出会い、悪鬼と闘い、恋に落ちる。〈湖の民〉には一族に伝わる特殊な能力がある。〈基礎感覚〉という、人間や動物や物などの持つ潜在エネルギーのようなものが見える。また、これを操ることもできる。しかし、〈地の民〉にはこれは見えない。そこで〈地の民〉からは〈湖の民〉は誤解まじりの悪い噂もあるのだが、実際のところは〈湖の民〉は、この能力を活かして悪鬼や泥びとなどから地域を警護している。ダグもそんな警邏隊の一人だ。


 フォーンは家出をし、<玻璃の鍛冶>の町で仕事を探そうと旅に出た。しかし、折しも玻璃の鍛冶の近辺では魔物達の不穏な動きが活発化していて、ダグ達が警邏の目を光らせていた。若い女性の一人旅は危険で、フォーンは捕まって被害に遭いかける。それを危ういところで助けたのがダグ。〈湖の民〉には魔物を倒すための独特の方法がある。死者の腕の骨で作られた特殊な短剣を使うのだ。それがタイトルともなっている。何も知らない〈地の民〉フォーンの目を通して、〈湖の民〉の不思議な風習が紹介される。これが一風変わっていて面白い。ただしちょっと複雑すぎてシステムとして成り立ちにくそうだとは思う。今回は、イレギュラーな形で〈地の民〉のフォーンが絡んでしまった。その結果、通常とは異なることが起こったようなのだが、それがどういうことなのかダグにも状況がつかめない。これが今後どう展開するのか含みを残したまま、次巻へと続いている。


 しかし、魔物の絡む部分は全体から見るとあまりボリュームがなく、もっぱらフォーンとダグのロマンスで大半が締められている。ビジョルド作品の中でも、これほどロマンスが多いものは珍しい。また、〈地の民〉と〈湖の民〉の風習の違いなども詳しく描かれている。家族の間ではフォーンはみそっかす扱いをされているが、好奇心が強く働き者で、玻璃の鍛冶ではあっという間にたくさんの友達を作って、生き生きとしていた。けれども家族からはそういった長所を正統に理解してもらえず、ジレンマを感じている。フォーンが家を飛び出した事情も次第に明かされる。中世という封建的な時代を背景に、その風習に逆らうかのように主体性を持って生きる女性が魅力的に描かれていて、ビジョルドらしいと思う。