『死者の短剣 旅路』

あらすじ

出自の違いを超えて結ばれたフォーンとダグ。だがふたりの結婚は、ダグの一族であるうみの民にどうしても受け容れてもらえなかった。ダグはふたつの民族の架け橋になりたいと考え、フォーンと共に再び旅立つ。ふたりきりの旅だったはずが、途中で立ち寄ったフォーンの実家で、なんと末の兄フィットがついてきてしまう。一方ダグは地の民の治療に挑むのだが……。シリーズ第三弾。

カバーより

あらすじ

うみの民が行う治療行為、それが地の民を“惑わし”てしまうのか? 意外な結果に戸惑うダグ。海を目指す三人は、一隻の平底船に乗り込むことに。地の民の船にダグが乗り込んでいるだけでも、奇異の目で見られるというのに、ダグのもとに警邏けいら隊を飛び出した湖の民の若者がやってくる。ふたつの民族は、融和することができるのか? ファンタジーの新しい地平をひらく傑作シリーズ。

カバーより

 『死者の短剣』第3部。まずはこれまでの構成のおさらいから。


『死者の短剣 惑わし』(感想はこちら
『死者の短剣 遺産』(感想はこちら
『死者の短剣 旅路』(本書)


※五神教シリーズとすっかり混同していましたが、正しくは別のシリーズでした。サキさん、ご指摘ありがとうございました。


 前作の『遺産』で、ダグとフォーンはうみの民の駐屯地を後にして旅に出た。ダグは湖の民と地の民との間に交流がないことに危機感を抱いていた。前作のように悪鬼が地の民の地で生まれても、湖の民に連絡する方法すら確立されていないのだ。この旅は、その解決方法を模索するためでもあった。それに、ダグとフォーンの結婚は湖の民の間で物議をかもしていて、温かく受け入れてもらえたとは言いがたいものだった。フォーンの実家に立ち寄った二人は、思いがけずフォーンの兄フィットも連れて旅をすることになってしまった。その後も旅の道連れは次第に増えていく。


 今回は川の民の暮らしぶりが描かれているのがおもしろい。これが実に生活感にあふれ、生き生きと描かれているのだ。個人的には、フォーンが女性らしい配慮をしめしながら家事をこなしている様子が気に入っている。やはりこうした視点を書けるのは、女性作家ならではだろうと思うからだ。


 『惑わし』の舞台でもあった《玻璃の鍛冶グラスフォージュ》を過ぎ、ダグたちは海に向かうために川をめざす。川に到達したダグたちは、平底船フェッチ号で下流まで乗せてもらえることになった。この船は女性のベリー親方が船長で、彼女は1年前に川を下ったきり戻ってこない父親たちと婚約者の行方を探していた。行方不明の彼らがどうなったのかが、この作品の読みどころのひとつだ。


 また、もうひとつの読みどころは、地の民との信頼関係を築こうとするダグの活動だ。湖の民の持つ基礎の力のことは地の民に話してはならないことになっていたため、かなり誤解されて伝わっていた。ダグはこの誤解を説くために、行く先々で説明をしようと試みる。さらに、必要に応じてダグは基礎の力を使った医療行為も試みる。これも地の民を相手に行うと相手を惑わしてしまう危険性があるとして禁じられていた。ダグの行為は他の湖の民を当惑させる。それでも、道すがらダグはさまざまな実験を行い、惑わすことなく地の民を治療できないものかと試行錯誤する。


 今回は悪鬼との戦いはないが、丁寧に描かれる生活感あふれる旅の様子が興味深い。また、旅を通じて道連れとなった一行が、まるでひとつの家族のように信頼で結ばれる様子も面白い。当初ダグたちにくっついてきたあまり頭の良くない若者ホッドは、すぐにやられて死んでしまう役回りなのかと思っていた。けれどもビジョルドはそんなことはしない。彼らが成長する様子をしっかりと描いていく。


 フォーンの兄フィットについても、成長がきちんと描かれている。第一部の『惑わし』では、フォーンの兄たちは無神経で、フォーンを頭から馬鹿にして萎縮させ、彼女の気持ちを考えず傷つくことを平気で言っていた。旅を通じて、フィットはようやく第一部でフォーンが家出をした辛い理由を知る。また、地の民以外の世界を知り、人間的にも成長する。


 ダグも湖の民以外の人脈を築き、基礎の力に対する知識を深めた。基礎の力や死者の短剣についての説明の仕方もこなれてきたし、こうしたことを理解する人々も増えてきた。一番の収穫は、死の詰まった死者の短剣をダグが手に入れたことだろう。おそらく最終巻となる次作では、悪鬼との大きな戦いが繰り広げられるだろう。今回作ったこの短剣が、その最後の戦いで活躍するのではないだろうか。


 ラストでは、みんなでついに海を見た。次巻でどんな展開になるかわからないが、大きな戦いを前にした静けさのようだ。




 ところで、訳者のあとがきにビジョルドファンのための朗報があった。ビジョルドの著作リストが掲載されていたのだが、その中になんと、

13 Komarr(1998)『コマール』上下(仮) SF 近日刊  下巻P300より

との一文が!!! ヴォルコシガン・サガシリーズの最新刊がようやく発売されるようだ。このシリーズは同じ小木曽さんの翻訳なので、間違いなくもうじき刊行されるのだろう。前作『メモリー』は2006年に刊行されているので、実に6年ぶりだ。マイルズの活躍がなんとも待ち遠しいものだ。