『プロバビリティ・スペース』

あらすじ

ケンブリッジの自宅から物理学者カペロが誘拐された! 現場を目撃した娘のアマンダは身の危険を感じ、心理学者のマーベットを頼って月へ、そして火星へと向かう。だが、マーベットはカウフマンとともに世界(ワールド)へと向かっていて不在。しかも軍強硬派のピアース大将がクーデターを起こし、火星は戦場と化していた。やがて実権を掌握したピアースは、敵を殲滅すべく、最強の武器である人工物をフォーラーの母星系に送り込むが……!?

カバーより

 『プロバビリティ・ムーン』、『プロバビリティ・サン』(感想はこちら)に続く三部作の完結篇。前の二作はほとんどが異星人の住む辺境の地ワールドで起こった出来事だったためか、地球の状況についてはほとんど語られてこなかった。別の異星人フォーラーとの戦争にしても、人類側が負け気味という程度しか語られていなかった。だが本作では舞台は月や火星に移り、ワールドから奪った人工物が人類の政治情勢に与える影響を、カペロの娘アマンダの目を通して描いている。


 『プロバビリティ・サン』で子供だったアマンダは、現在14歳。思いもよらない事件に巻き込まれ、困難をくぐり抜けて成長する。死に直面したり陰謀に利用されたり、果てはクーデターによる厳戒態勢の中をかいくぐり、幸運にも恵まれて逃げ延びる。女の子の冒険譚としても面白いが、思春期の女の子が活躍できる範囲でしか活躍しないので、少し物足りないかもしれない。髪型を気にしたり、恋に悩んだりと、等身大の女の子が描かれている。


 登場人物達は前作でも個性的だったが、本作で初登場のマグダレナはそれに負けない強烈なキャラクターの持ち主だ。美貌と色気で男を惹き付け、奸計を弄してのし上がって来た女性。もう若くはないが性的魅力はまだ衰えず、軍の上層部にも独自のコネと諜報網を持っている。消息を絶った溺愛する息子を捜すため、彼女はワールドまでやってきた。彼女の感情に突き動かされて、事態は大きく動いていく。台風の目のような女性だ。しかし、のし上がる以前の彼女の過去と、男性を磁石のように惹き付けてしまう容姿に生まれついたことへの根源的な怒りが、マグダレナを複雑で奥行きのある独特のキャラクターに仕上げている。おそらく男性作家には、マグダレナのこの怒りは書けなかったと思う。前作の個性派キャラ、トム・カペロとの、持て余した怒りの着地点を探る緊迫したやりとりが見所だ。


 ラストは予想に反して手に汗握る逃避行となる。これがスピード感があって面白く一気に読み進んでしまう。切羽詰まった緊迫感と、登場人物達の行く末が気になって、細かいことはどうでもよくなってしまう。実際には、今までの苦労が水の泡となっていたり、よく考えるとあまりハッピーエンドではなかったりするのだけれども、登場人物達の状況や人間関係の方に目が行ってしまい、気にならなくなる。しょせん、分不相応の技術を手に入れたとしても、これを使いこなせるわけではない。個人的にはマーベットの意見に賛成だ。