『魔法の通廊』

魔法の通廊 (ハヤカワ文庫 FT―魔法の国ザンス (78))
魔法の通廊

あらすじ

ドオア、弱冠十六歳にして王位に着く! といっても、トレント王とアイリス女王がマンダニア国へ出かけている一週間だけのこと。だが、予定の日になっても二人は戻ってこない。魔法が通じず、科学が支配するマンダニア国で捕われの身となってしまったのだ! かくて、ドオアは王と女王探索の旅に出た。時おりしも、新たな魔法使いがザンスに出現。どうやらこの魔法使い、今回の事件解決の鍵を握っているらしいのだが…

カバーより

 ザンスシリーズの4作目。


 ザンスの外の、魔法の存在しない世界マンダニア*1。2巻で明らかになったように、ザンスの魔法には源がある。この影響を受けてザンスの住人は魔法が使えたり魔法的な存在だったりするのだ。魔法の源の影響はマンダニアにまでは届かないため、たとえ魔法使いでも魔法を使うことはできない。


 しかし、この巻では主人公達はついにザンスを飛び出し、マンダニアで冒険を繰り広げる。活躍するのは3巻でも主人公だったドオア。彼は1、2巻の主人公ビンクの息子だ。ドオアの冒険を手助けするのは、トレント王の娘イレーヌ、バリバリの息子メリメリ、チェスターの息子チェットなど、やはり1、2巻で活躍した者の二世達で、世代交代した感がある。2巻でビンクの旅を手助けしたゴーレムのグランディも、一緒に旅をする。初登場の魔法の通廊の持ち主であるアーノルドは、マンダニアに行くためには欠かせない重要な魔法の持ち主だ。魔法の通廊とはどういう意味なのか、またドオアとイレーヌの恋愛関係が、旅を通してどう変化していくのかが、見どころである。


 綴りの間違いに関するエピソードが、今回繰り返し登場している。タイトルの「魔法の通廊」も、aisle(通廊)とisle(島)の綴りの違いで違う意味を持つ言葉だ。こういった語呂合わせのようなエピソードが他にもたくさんスラップスティックなノリで登場している。綴り蜂に書かせた間違いだらけの作文に始まって、文字を書き換える魔法によるいたずら、立ちはだかる魔法の試練の中にも綴りの違いが使われている。忠告の中に行き先のヒントを忍ばせておいたトレント王、本人確認に役立った綴りの間違いエピソードなど、さまざまな場面で登場する。


 マンダニアのことは今までも何度か登場していたが、ザンスとマンダニアの位置や時間の関係がどうなっているのか、ようやく明らかになった。面白かったのはドオア達一行が現代アメリカへと現れるシーンだ。物と話のできるドオアは、車や信号機に路を横切る方法などを聞き、慣れないマンダニアで見咎められずに行動することに四苦八苦する。さすがに現代アメリカでは中世の世界観のザンスの格好では目立ちすぎるだろう。その後向かった中世ヨーロッパでは、もう少ししっくりなじんでいる。


 ザンスの地図も初めて描かれていて、今まで何度も登場した大裂け目やハンフリーの住まいなど、具体的な場所が記されている。なんでも作者の住むフロリダ州の地図とそっくりらしい。


 ドオアは王の代理として、難しい決定を任され成長していく。代表者であり権力者であるということは、起こった問題を適切に処理する責任を負うということだ。また、物事を解決するためには、悪を滅ぼして復讐すれば良いという単純なものではなく、自分の気に入らない相手とも時には手を結ぶ必要もある。許せないやり方であっても、それが有効な場合もあるのだ。そういうグレーゾーンも許容できるのが成熟したやり方であり、それができないのは克服しなければならない弱さであるという指摘は興味深い。世の中は善と悪の二つしかないのではなく、無数の中間層が存在し、違う角度から見れば違ってくるものである。敵をも許容して場合によっては手を結ぶことの大切さは、このシリーズで何度も登場しているエピソードである。


 少し残念だったのは、さんざんスカートの中を覗かれて魅惑的に描かれていたイレーヌの足が、表紙のイラストではあまり魅力的ではなかったことだ。少し短めで野蛮な感じだ。

*1:要は現実世界のこと