『瞳の中の大河』

 信念を持って生きる一人の英雄アマヨク・テミズ大佐の生涯を描いた大河物語。祖国に平和をもたらそうと一生を捧げる一人の男の物語だが、その一方で波乱に満ちた熱い恋の物語でもある。また、戦争を通して人間のさまざまなあり方が浮き彫りにされている。人の強さ、弱さ、愚かさ、嫌らしさ、愛、思いやりなど、いろいろな形で織り込まれているが、多くの人物の生き方が絡み合っていて、全体として人間はたくましいという印象が私には一番強かった。



 どことも知れない国、いつともわからない時代の物語である。黒い髪、緑の瞳を持つ、小柄だが頑健な人々が暮らす、険しい山に囲まれ中央に大河が流れている国がその舞台。お飾りのような国王がいて、政治は貴族で構成された評議員が牛耳っている。銃はあるがまだ珍しく、交通は徒歩か馬車が主流の時代である。この国は戦いが絶えず、人々は険しい山にしがみつくように細々と貧しく生きていた。


 アマヨクは南域将軍オルタディシャルの甥だったが、彼の母親は嫡出の上に縁を切られていたため、平民の身分だった。叔父の庇護で軍事教育を受け、少尉として従軍する。そのころ国では軍の素行や領主の横暴ぶりが目にあまり、反乱軍を名乗る野賊が名乗りを上げていた。アマヨクは野賊の六頭領の一人オーマを捕らえる任務を与えられるが取り逃がす。アマヨクはただ一人オーマの顔を見、オーマの一味の中核をなす女性カーミラに命を助けられる。アマヨクの軍隊生活はこうして始まり、野賊との終わりの無い戦いが始まった。


 カーミラは人々の貧しい暮らしを良くするために、野賊に属して腐りきった国軍と戦っていた。一方アマヨクは、今ある秩序を毀してして新しい秩序を築くのでは犠牲と危険が大きすぎる、現体制で内戦を終わらせてその上で悪いところを修正していくのが最善と信念を持っていて、野賊討伐のために戦っていく。しかし複雑な政治情勢も絡んでいて、内戦はなかなか終わらない。軍でめきめきと頭角を現していくアマヨクだったが、自分の国で戦争が耐えたことが無いことに気付き、これでは人々の暮らしはいつまでたっても楽にならないと悟る。


 目標は同じだがたどる道筋の異なるアマヨクとカーミラは、強く惹かれあいながらも、お互いの信念に従って別々の道を歩んで行く。あるときは離れ、あるときは密接に絡まり、お互い命を狙いあう、二人の運命はドラマティックである。



 現行体制が良い時代に体制を護って戦う話や、逆に現行体制が悪い時代に反乱を起こして世の中を良くしていく話というのは多いように思うが、現行体制が悪い時代にその体制を護って戦い、さらに世の中を良くしていこうとする物語はあまり無いのではと、なかなか新鮮だった。


 アマヨクは信念に従って行動していて、思いやり深く正義感にあふれていて好感が持てる。その一方で激しい恋をしたり、叔父の制止も振り切って突っ走ったり、引き取った子供の良い父であろうと努力したりと、人間くさい一面もある。魅力的な人物像でストーリーも波乱万丈で面白い。アマヨクに敵対する領主オンアルカがいかにもという悪役ぶりで印象に残った。悪役にも憎めない悪役というのもいるが、こんなにひどい悪役というのも珍しい。


 個人的には政略結婚させられたアマヨクの妻が不憫だった。人としての度量が違いすぎ、幸せな家庭生活を望むのが無理な相手と結婚してしまったのが間違いだったとしか言いようが無い。
 また、強いアマヨクに対して弱い人間の哀しさが非常に印象的だった。人は自分で自分を何とか変えていくしかないのであって、いつまでも逃げていては幸せになりえないのだろう。


 ラストが少しはしょられすぎていて、もう少し詳しく書いて欲しかった。しかし、それでなくてもかなり分厚い一冊だったので、これも仕方ないのだろう。駆け足で終わっていてもこの一冊が面白いことに変わりは無い。