『天冥の標7 新世界ハーブC』
惑星セレスの地下シェルターで暮らし始めたスカウトたちの物語。シリーズ第1弾の植民地メニー・メニー・シープの成り立ちと、それを支えた《
『天冥の標Ⅶ 新世界ハーブC』
- 著者:小川一水
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150311391
《
シェパード号でセレスに墜落したアイネイアは、ミゲラと結婚し、重症のオラニエをフェオドールとカヨに運ばせて、スカウト仲間と合流した。ラゴスも無事だったが、他の《
スカウトたちが避難していた「ブラックチェンバー」は地下55階層にある広大な重警備階層で、5万人の子供たちが避難していた。救助は望めそうになく、大人たちは上層階を防衛して亡くなった。スカウトはオリゲネス幹部会(O.E.B.)を組織して何とかやりくりしていた。
ジニ号から運び込んだ物資も役立った。MHD社のロボットの操作権限を母親から委譲されたアイネイアは、ユレインにも同じ権限を与え、物資を
しかし、やがて破綻し始めた。火事や騒乱、略奪、感染症などで大勢が亡くなり、半分の区画を丸ごと閉鎖せざるを得なかった。また、暴動の鎮圧に使用した
ジョージ・ヴァンディに連絡してきたメララたちパラスからの避難者を受け入れた後は、チェンバーを完全に封鎖した。太陽系では通信すら観測されなくなっていた。
避難から半年が経ち、チェンバーでの生活はなんとか軌道に乗っていた。しかし、なぜかセレスで重力が増し、火山も無いのに地震が起きていた。
崩落事故をきっかけに、O.E.B.のメンバーの間で対立が生まれ始めた。アイネイアも政治信条の違いからミゲラと離れ、サンドラ・クロッソと暮らし始めた。チェンバーでは出産ラッシュが始まっていた。
地表の確認のためにロボットを送り出すと、《
やがて《
サンドラはしたたかだった。メララから以前聞いたことのある、戦争を予言したダダーのことさえおろそかにせず、羊を増やしてコンタクトを試みていた。
電力が弱まりミゲラとサンドラが対立した時も、サンドラがどのようにしてか電気の都合をつけ、勝利した。電気が増えたことで、メニー・メニー・シープの暮らしは日増しに豊かになり、平穏な生活が送れるようになっていた。サンドラは生まれてきた大勢の子供たちのために耳あたりの良い物語を作り、広めていた。本当の歴史はあまりにも辛すぎた。
サンドラの政権は長期政権として続き、腐敗した。2523年、オラニエたち《
メニー・メニー・シープの居住区は拡張できる限界に達したが、以前の崩落事故から人々は地下を嫌がったため、ロボットで地下空洞を掘削し、全地表*1をジャッキダウン、天蓋を支える大支柱を伸ばして空が高くなった。フォートピークは次第に山になっていった。
ラストは2555年で、老いたアイネイアとミゲラに、サンドラが二つの謎を投げかける。
- メニー・メニー・シープの電力はどこから来ているのか。
- その後現れた《
救世群 》は、なぜ地下から来たのか。
この答えは後の巻で明かされることになる。
天冥の標はライトノベルのような軽いタッチで描かれているが、内容は実に重い。特にこの巻は子供たちだけで生き抜かねばならず、当初スカウトが理想に掲げていた理念は、厳しい現実の前に崩れ、実に辛い巻となっている。仲間だったスカウトたちも、政治闘争により分裂する。また、人類が失ってしまったものがあまりにも大きすぎ、胸が痛む。
しかし、彼らは生き延びた。ラストでは人々が穏やかに暮らす、美しい町並みが広がっている。人々のたくましさと必死の努力や勤勉さが生み出した景色でもある。
*1:実際には地下
『天冥の標6 宿怨』(Part1〜Part3)
シリーズ第6弾は、Part1〜Part3まであり長い。
Part1では、《
Part2では、イサリと妹のミヒルがセレスを訪れ、テロに巻き込まれ、それを阻止する。《
part3では、《
500年近く迫害を受けてきた《
『天冥の標Ⅵ 宿怨』(Part1)
- 著者:小川一水
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150310677
- お気に入り度:★★★★★
西暦2499年、人工宇宙島群スカイシー3で遭難した《
2499年。生態保存天体群スカイシー3に来ていた《
ロボットのフェオドールを連れてスカウト仲間とハイクしていたアイネイアは、そんなイサリを助けた。二度と来られないイサリのために、スカウトたちは3日間イサリと行動を共にし、純粋な善意から彼女にキャンプ旅行をプレゼントした。星のリンゴも食べに向かう。皮膚の落屑などを焼き落として感染を防ぐタレットと、アイネイアの的確な処置のおかげで、誰にも感染させなかった。
副議長ロサリオの元に無事に戻ったイサリは、彼らがイサリを《
しかし、ロサリオはスカイシーでクトコトの標本を得ようとしていた。
イサリを助けたアイネイアは、父親ディトマールが《
アイネイアはノイジーラントのオラニエ・アウレ―リアが計画している有人恒星間航行計画(ジニ号計画)の乗員に選ばれていて、スカイシーへは生物種の譲り受けの交渉に来ていた。アダムス・アウレーリアが200年前に始めたこの計画は、コルホーネン水の発明で冷凍睡眠が可能となり、ようやく実現しようとしていた。ジニ号は3年後に太陽系を出発する予定だった。スカウト仲間でアイネイアの恋人のミゲラ・マーカスも、この計画への参加を決意する。
一方、MHD社がセレス南極の大盆地に隠しているドロテア・ワットには、イサリの兄のオガシ准将や妹のミヒルが潜入し、《
オガシと護衛の《
《
イサリはスキットルと仲良くなり、
ラストで《
13歳の無邪気なイサリの願いとは裏腹に、軍事増強に突き進んでゆく《
『天冥の標Ⅵ 宿怨』(Part2)
- 著者:小川一水
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150310806
- お気に入り度:★★★★★
Part2では、地球に到着した《
ミスン族のミスミィたちは総女王の指示により、迫りくる宇宙的な危機への協力要請のため、太陽系までやってきた。パナマハン飛来体として観測されていた母船は、2466年にステルス化して到着した。ミスミィたちが選んだ交渉相手は《
ミスミィたちは、ハニカムに来たオガシを
2502年、第三次拡張ジュネーヴ協定(クアッド・ツー)のアップデート会議であるQ2UAが、セレスで開催された。《
夜、イサリとミヒルはホテルを抜け出し、セレスの街へ繰り出した。しかし、彼女たちを利用しようとするテロリストに拉致されてしまう。彼らはQ2UAでロイズ要人の命を狙っていた。二人はテロリストの家に閉じ込められ、通信手段を奪われる。イサリは標的がアイネイアの母親だと気づき、彼に知らせてスカイシーでの恩返しをしようと知恵を絞る。
イサリの奮闘は報われ、アイネイアとも再会できた。とはいえ、彼はもうじきジニ号で太陽系の外へ向けて出発しようとしていた。
だが、肝心のQ2UAの会議では、好意的と思われた当初とは裏腹に、最後は《
オガシとシグムントはブラス・ウォッチと名乗り、地球を攻撃して軌道エレベーターを破壊、致死率が95%と異様に高い冥王斑ウイルス原種をばらまいた。ロイズ社団は
エウレカから議長のモウサが太陽系を支配したと宣言する。逆らう都市には冥王斑原種ウイルスがばらまかれ、多くの人々が死亡した。
《
一つは《
ミスミィと会話していたイサリは、本来《
イサリは初期ロットを作らせたものの、戦争を始めた今、これを公にすると確実に敗戦すると思われた。作らせたものを秘密裏に《
もう一つの問題は、悲惨な結果を招いた。カルミアンは硬殻化手術の際、ヤヒロ一家以外の《
《
それでもQ2UAの会議でもっとロイズ側に《
それはそれとして、世界を征服するために、宇宙でどう戦争を展開するのかといったところも見どころの一つだ。
『天冥の標Ⅵ 宿怨』(Part3)
カルミアンは《
《
ブレイドは家族付き合いのある《
メララは、羊から聞いたミスチフやオムニフロラ、ノルルスカインのことをブレイドにも話す。《
シリーズ第5弾で登場したアニーの子孫であるブレイドの妻アリカは、メララの話を請け合った。
ブレイドはシュタンドーレ夫妻と同じ区画に移り住み、命がけで信頼関係を築こうと試みる。アリカやメララも食事に同席した。メララはシュタンドーレ総督に、《
ブレイドの試みはパラスの人々には理解されず不評だったが、シュタンドーレ総督は態度を変えつつあった。
だが、MHD社のジェズベルの秘策でドロテア戦艦が動かせるようになり、これを投入したことで戦況が変わった。木星でエネルギーを溜め込み、グレアによって強力な大砲を取り付けられたドロテア戦艦は、圧倒的な戦力を誇った。《
しかし、これは裏切りによるものだった。これを口実にVO計画が実施され、すでに撒かれていた冥王斑原種ウイルスが、発病トリガーにより活性化した。アイネイアの父ディトマールはこのトリガーが何か探していたが、すでに遅かった。
総督の妻のエファーミア婦人は、発病トリガーを免れていたメララを自分たちの宇宙船ソウヤマルに避難させた。他にも発病しなかった多くの人々をエファーミアは受け入れ、ソウヤマルはパラスを離れてセレスへと向かった。
イサリは状況のあまりの変化に恐怖を感じていた。また、イサリが大切に思っていたがために、アイネイアが感染させられてしまった。
《
出発間近のジニ号は、まだセレス近辺でアイネイアの合流を待っていた。しかし、ある戦艦に拿捕されて冷凍睡眠装置を要求された。ジニ号は
地球からは宇宙へ出ることができず、宇宙の植民地からも人々の消息が消えつつあった。
ミスチフはあちこちに潜んでいるので、誰が敵で誰が味方かわかりづらい。《
太陽系全域に全面戦争を仕掛け、怪物のような外見になった《
イサリとミヒル、二人の姉妹の人生は、どこで分かたれてしまったのか。イサリがスカイシーへ、ミヒルがドロテア・ワットへ、たまたま行った行き先が運命を分けたのだろうか。もしミヒルもスカイシーへ一緒に行っていれば、彼女もここまで暴走しなかったのか。ミヒルにも千茅の友達の青葉のような誰かがいれば、違ったのだろうか。
*1:冥王斑に罹っていない者
『天冥の標5 羊と猿と百掬の銀河』
お次は、宇宙を開拓する懸命で可憐な農家の人々と、それを見守る《
これまで「羊」に展開して
『天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬 の銀河』
- 著者:小川一水
- 出版:早川書房
- ISBN:9784150310509
- お気に入り度:★★★★★
西暦2349年、小惑星パラス。地下の野菜農場を営む40台の農夫タック・ヴァンディは、調子の悪い環境制御装置、星間生鮮食品チェーンの進出、そして反抗期を迎えた一人娘ザリーカの扱いに思い悩む日々だった。そんな日常は、地球から来た学者アニーとの出会いで微妙に変化していくが――。その6000万年前、地球から遠く離れた惑星の海底に繁茂する原子サンゴ虫の中で、ふと何かの自我が覚醒した――急展開のシリーズ第5巻
カバーより2349年、
そんな折、タックは地球から来た女性の学者アニー・ロングイヤーを自宅に半年間受け入れることになった。
2189年に火星で起きた、繁殖力が強くて食用にならない植物レッドリートによって火星全土が赤く覆われてしまった災害を受けて、地球では操作生物の取り扱いや外来種の移動が厳重に管理されていた。アニーはこうした制限のないパラスで自由な作付けについて学ぼうとしていた。
タックは
ザリーカは農場を抜け出し首都ヒエロンで同級生と同居し始めた。しかし、ザリーカとタックには秘密の過去があった。ドロテア・ワットを動かそうと目論む勢力の企みにより、ザリーカは窮地に立たされる。しかし、タックも、農家仲間が危機に見舞われている真っ最中だった。
ようやく娘のピンチを知ったタックは、同じく農家仲間でノイジーラント出身のテルッセン家の協力を得て、ザリーカを助けに向かう。結果的にそれは、ノイジーラントの強襲砲艦対MHD社の艦隊化ヒューマノイドとの戦争へと発展していった。
こうしたタックたちの物語の合間に、ダダーのノルルスカインの6億年くらいにわたる生涯が語られる。
サンゴ人たちの間でのんびり育った被展開体のノルルスカインは、同じく被展開体のミスチフと出会い、一緒に旅をしていたが、邪悪でいたずらっ子のミスチフとは次第に意見が合わなくなり、別れて旅を続けていた。しばらくして再会したミスチフは、「賢いつる、またはよく増えるヒートシンク」のオムニフロラに呑み込まれてしまっていた。
ミスチフは宿主種族にパンデミックを起こして大きな犠牲を与え、生き残ったものを自分の生態系に組み込み、他の恒星系へと移動して増え拡がっていた。
太陽系には、ノルルスカインは紀元前2000年ごろ到着したが、ミスチフはそれより4000年以上前に到着してひっそりとドロテア・ワットを作っていた。
今回ノルルスカインは、人間に個体展開したサブストリームとしてのみ登場していて、他の人にそれを吹聴もしないし、いつものような軽口もたたかずおとなしい。
ノルルスカインが長い年月考え続けた以下の問いは、このシリーズの重要なテーマのひとつだろう。
――なぜ宇宙は弱肉強食なのか。
――物理宇宙がそれを可能にしているというなら、知性の意味はなんなのか。
――強者がやがて臨界を迎えて覇権戦略 を掴み取るなら、弱者は、敗者は、達せられずに終わったあらゆる者は、何を示したと言えるのか。
P314,315より
ともあれ、旅行に持参するにはやはり、タオルではなくスポンジである。ダグラス・アダムスももしかすると個体展開したノルルスカインだったのかもしれない。(?)