『オーファン・ブラック 暴走遺伝子』
カナダとアメリカのTV局が合同で製作した、クローンを扱ったSFドラマ。NETFLIXで視聴。1シーズン10話で、シーズン5まである。
あらすじ
主人公のサラ・マニングは、駅で自分と同じ顔をした女性が飛び込み自殺をするシーンを偶然目撃。置かれていた彼女の荷物をとっさに持ち去った。
身分証によると、自殺した人物はベス・チャイルズ。彼女の銀行口座には大金があったため、同じ里親の元で一緒に育った義理の弟フェリックスの助けを借り、ベスになりすます。サラはこのお金を手に入れて、フェリックスと娘のキラの3人で再出発しようと画策していた。
しかし、ベスの仕事の相棒アートにみつかって、連れて行かれた先は警察署。ベスは刑事だった。
事情がわからないままサラはベスとして立ち回るが、次から次へとやっかいな状況に巻き込まれ、目的はなかなか果たせない。また、自分と同じ顔をしているのはベスだけではなく、もっとたくさん世界中にいることがわかってきた。
その上、そんな一人がいきなり現れて、とんでもない事態に。おまけにサラは何者かに殺されかけた。
窮地に追い込まれたサラは、ベスのふりをして警察署で捜査を撹乱する。また、何が起きているのかを知るために、貸し金庫に証明書のあったアリソンとも接触する。
アリソンは郊外の住宅地に住むサッカーママで、やはりサラと同じ顔だった。また、ドレッドヘアにメガネをかけた科学者コシマにも紹介された。
二人によると、みんなはクローンで、何者かに命を狙われているという。だが、誰がどういう事情でクローンをつくったのか、オリジナルは誰なのか、クローンたちは果たして何人いるのか、誰にもわかっていなかった。
目まぐるしく変化する、謎に満ちたストーリー展開
矢継ぎ早に起きるスリリングなストーリー展開が秀逸で、ぐいぐいと引き込まれ、続きを一気に観てしまう。
クローンたちは、実験対象として身近な人物に監視されていた。誰が監視役かわからず、疑心暗鬼になるサラたち。次々と敵が現れ、命を狙われ、ピンチを機転で切り抜ける。
敵も、自己選択で身体改造を行うネオリューション、多国籍企業ダイアド研究所、宗教過激派組織プロレシアンズと三つ巴で、それらに属する人物たちが手を結んだり、裏切ったり、組織を入れ替わったりと、目まぐるしく変化する。
また、クローンたちは死に至る共通の病気を抱えていた。治療法を求めて研究を続けるコシマ。
一方、サラだけは少し特殊な体質だった。しかし、そのために娘のキラまで狙われ始める。
一人何役をも演じる主演女優タチアナ
ストーリーも面白いが、登場人物たちの個性が際立っていて、存在感がある。
とりわけ、主演女優タチアナ・マスラニーによる一人何役にものぼる演じ分けがすごい。この作品で彼女は第68回エミー賞の主演女優賞を受賞している。
それぞれのキャラクターは、化粧や服装で雰囲気を変えて違いを出すのは当然としても、歩き方や姿勢から、仕草、喋り方、性格、好みに対する表情などまで変えて演じ分けられている。
そのため、特にメインとなる、サラ、アリソン、コシマ、ヘレナ、レイチェルなどは、全く異なる人物としか思えず、それぞれの人物に感情移入しながら観てしまう。
ピンチの際には、クローンの別の人物になりすまして急場をしのぐという事態が何度もあるのだが、この入れ代わりも実に見事に演じ分けられている。
何となく仕草がぎこちなかったり、いつもと違う歩き方だったりと、同じ顔、同じ服にもかかわらず、ちゃんと誰が誰を演じているのか見分けがつく。そこがすごい。
同じ遺伝子を持つクローンでも、彼女たちはそれぞれ異なる人生を歩み、悩みや問題をかかえ、目標や理想を持ち、周囲の人々との人間関係を築いて日々を暮らしている。こうした人物描写が、ストーリーに奥行きを与えている。これがこのドラマの一番の魅力だと思う。
主なクローン姉妹
- サラ
シングル・マザーで、ちょっとした詐欺や暴行などの前科がある。
娘のキラをミセスSに預けたまま失踪していたが、キラと暮らすために、粗暴な元恋人のヴィクからコカインを持ち逃げし、10ヶ月ぶりに戻ってきた。
ベスの金を奪って逃げようとしていたが、クローン姉妹たちに出会ったことで逃げるのをやめ、問題に正面から立ち向かうことを決意する。
亡くなったベスに代わってクローン姉妹たちを守るために危険を犯して戦い続ける。
- ベス
冒頭で自殺。
警察のシステムを利用して、欧州でクローンが狩りに遭った事件を調べていた。その過程でアリソンとコシマに接触。クローンたちを守ろうとしていた。
しかし、自殺前に民間人マギー・チェンを誤って死なせてしまい、謹慎処分となる。また、恋人ポールとの仲も冷え切り、精神的にも追い詰められていた。サラと似てるが、もっと洗練されていて、サラより少しもろい。
シーズン4の1話目は、自殺する直前のベスが登場するエピソードだ。
- アリソン
夫ドニーと二人の養子の4人家族。教会や学校の活動に勤しみ、ミュージカルにも挑戦している。
完璧な主婦を目指しつつも、その反動でか「デスパレートな妻たち」ばりに派手に道を踏み外す。手芸用リボンで夫を縛り付けて拷問するなど、日常と非日常の落差が面白い。
- ヘレナ
ウクライナの修道院で育った野生児。その後引き取られた先で、過激な思想を吹き込まれた。また、子供時代から深刻な虐待を受けてきた。
しかし、サラたちに受け入れられたことで変わってゆく。甘いものと子供が大好き。荒事担当。
- レイチェル
ダイアド研究所の幹部で、ダンカン博士の養女。他のクローンたちとは違って、子供の頃から自分が実験対象だと知らされていた。
権力志向で、非常に脆い面と冷酷な面を併せ持つ。
- クリスタル
ネイルアーティスト。
少々見当はずれながらも、自分の身の回りに起きるおかしな出来事に疑問を持ち、調べ回る。結果として、彼女の仮説はあながち的外れでもなく、行く先々で重要な目撃者となることに。
- MK
羊の仮面をかぶったハッカー。めちゃくちゃ引っ込み思案で、誰とも顔を合わそうとしない。唯一ベスと連絡を取っていた。
- カーチャ
ドイツ人。ベスと連絡を取っていた。
個性豊かな脇役たち
クローン以外の登場人物たちも、一癖も二癖もある人物が多くて味がある。中でもサラの弟フェリックスがいい。
アーティストのたまごのフェリックスは、ゲイで男娼もしながら日銭を稼ぐ。いつも素っ裸にエプロンをつけたお尻丸出し姿で油絵を描いている。
サラの一番の理解者だ。アリソンとも馬が合う。落書きだらけの彼の家は、サラを取り巻く多くの人が訪れて、次第に溜まり場のようになってくる。
養母のミセスSことシボーンは、当初はキラをサラから引き離そうとする厳しい人物に見えたが、実際には二人の子どもたちを愛し、献身的に育ててきた肝っ玉母さん。
アイリッシュ魂を持つパワフルな女性で、活動家。ロンドンでは歌手をしていた。家族を守るためにはライフルもぶっ放す。
他にも、良き味方となってサラたちを助けるベスの相棒アート、粗暴なドラッグの売人だが、涙もろく、気の毒なほど痛めつけられてしまう、サラの元恋人ヴィク、イケメンだけど、敵か味方かわからないベスの恋人ポール、ブリーフ姿がおちゃめで、陽気で気のいいアリソンの夫ドニー、コシマに告白されて女性との愛に目覚めるフランス女性デルフィーヌ、コシマと一緒に研究を進めるオタク科学者スコットとそのボードゲーム仲間たち、いたぶられることに快感を覚える敵方フェルディナンドなど、個性際立つユニークなキャラクターが周りを固めている。
科学実験はどこまで許されるのか
SF的には、人間が神の領域に踏み込むことの倫理問題を扱っている。
先日中国では、遺伝子をゲノム編集した双子の子供がついに実際に誕生した。父親が罹患していたエイズを遺伝子から取り除いたとされるが、大きな批判を浴びた。
このドラマでも、クローンを生み出したり、人体改造や長命化、人体実験を行ったりすることの是非が問われている。
身体を改造することはどこまで許されるのか。失われた器官、例えば手や足などを補助する器具については、すでに義手や義足などが実現している。見た目だけでなく、今では機能や性能も飛躍的に進歩してきている。とはいえ、現状では自分から手足を切り落として器具に取りかえる人は居まい。
でも、技術が進歩して生身の手足よりはるかに高機能・高性能な器具になったら?通常よりはるかに跳躍力を持つ足は?あるいは、本来の人間にはない機能を追加することだってできる。赤外線が見える目は?技術が進むと、必要もないのに身体を改造してしまう人が出てくるかもしれない。
整形の場合はどうか。美しくなるためなら、健康な身体にメスを入れて良いのものか。これは現在多くの人がすでに行なっている。
では、どこまでなら許容されるのか。美や理想像は個人によって差がある。憧れのアイドルに合わせて整形するのは?興味本位や単なる趣味、今ならインスタ映えで身体改造するのはどうか?
また、身体改造を行う権利というものは個人にあるのか?基本的人権として万人に認められるべきものなのか?
人工授精で子供の親を選ぶ場合はどうか。金髪・碧眼にしたい、知能レベルを良くしたい、身長を高くしたいなど、親がこだわりたいポイントはいくつもあるだろう。こうした親の持つ特徴により、精子や卵子の値段は変わるかもしれない。実際、こうしたことはすでに行われていそうだ。でも、問題は生まれてくる子どもたちには、何の選択肢も拒否権もないことだ。
サラたちの敵は、他人の命を自分の利益のために葬ってもなんとも思わない、利己的で冷酷な人物たち。特に最後に画策していた人体実験はひどすぎる。
サラたちは、自分たちや家族、大切な友人たちが安心して自由に暮らせるようにするために、正体のわからない敵と戦ってゆく。
テーマ
ドラマ全体を通して流れているテーマは、家族や友人を愛し、守る精神。その中心にいるのがサラで、みんなを心配し、危険を顧みず敵方に乗り込み、クローン家族をつなげる役割を果たしている。
サラ以前にその役割を果たしていたのがベスだったが、彼女は一人戦い打ちのめされ、自ら命を断ってしまった。サラも、途中ベスのように戦いに疲れ果てる時があるが、家族のためにまた戦いに戻ってゆく。
最後には、孤児だったサラが多くの家族に囲まれる。それは血の繋がりだけにとどまらない。「生まれより育ち」というのも、テーマのひとつになっている。実際、クローンたちは同じ遺伝子なのだ。サラたちが全く異なる人物像となっているのは、生まれより育ちが大きな影響を受けているからに他ならない。
大きすぎる犠牲に打ちのめされながらも、家族を得て幸せをつかむストーリーになっているのが心地よい。