『テラプレーン』

あらすじ

超大企業ドライコに支配されたアメリカ同様、ロシアも強制消費社会と化していた。ドライコの退役将軍ルーサーは、秘密任務を帯びてこの地を踏んだ。失踪した科学者が発明した画期的空間転移装置を、その科学者ごと奪取しようというのだ。だがルーサーはまだ知らなかった――この装置が空間のみならず、時間の壁さえ飛びこえる驚異の転送能力をもっていることを! 過去と未来をつなぐ悪夢を期待の新鋭が描く驚嘆の問題作

カバーより

 『ヒーザーン』(感想はこちら)に続いて邦訳された、全6作のシリーズのシリーズ第2作目*1。『ヒーザーン』の解説によると、『ヒーザーン』の時代から25年後の2023年が舞台だ。『ヒーザーン』で少年として登場していたジェイクは、すっかり成長してこちらにも登場している。

 今回の語り手は、ドライコ社に勤めるロバート・ルーサー・ビガースタッフ。黒人で、退役した将軍だ。ルーサーは、ロシアの物理学者アリョーヒンを社に移籍させるために、用心棒のジェイクとともにロシアを訪れた。ある装置を開発中だったこの物理学者は、しばらく前から行方不明となっていた。

 物理学者の同僚のオクチャブリャーナがその装置を持っていると目を付けたルーサーたちは、彼女を代わりにアメリカに連れ帰ろうと試みる。しかしその矢先、ロシアでの接触相手だったスクラートフの裏切りに遭い、ドリーム・ティームに襲撃された。スクラートフを捕らえ、オクチャブリャーナを連れて、ルーサーたちは飛行機でロシアからの脱出を試みる。頼みの綱は物理学者の開発した転移装置。オクチャブリャーナの制止も振り切り、どんな装置かも知らないまま、ルーサーたちは装置を作動させた。彼らが転移した先は、1939年のペンシルヴェニアだった。

 現実の歴史ともルーサーたちの歴史とも少し異なる歴史をたどったこの1939年のアメリカでは、黒人への差別が甚だしい。黒人の医師ノーマンに助けられたルーサーたちは、元の世界へ戻るために、装置を持って逃げたスクラートフの後を追う。果たして彼らは元の世界に帰りつけるのか。

 ノーマンたちの世界の黒人差別の悲惨さと、ルーサーが20数年前に体験した戦争の記憶が、フラッシュバックのように語られる。ルーサーが指揮をとったその戦争は、ロング・アイランドでアンビエントを相手に戦ったものだった。正義もない非人道的なその戦争体験を、ルーサーは差別的な発言とともに思い起こす。

 ルーサーの世界では、黒人であっても能力次第で将軍でも大統領でもなれる。ノーマンやその妻ワンダにしてみれば、そんな未来はユートピアのように思えるのに、その未来から来たというルーサーたちは、いとも簡単に人の命を奪う。何か大切なものが欠けているように見え、そんな未来が果たして良い未来と言えるのかと戸惑う夫妻。

 調べてみると、タイトルのテラプレーンとは自動車のブランド名だったようで、作中でも重要なシーンにこの名の車が登場している。また、ジェイクが好きな実在の歌手ロバート・ジョンスンは、この車の登場するテラプレーン・ブルースという曲を書いている。

 血とブルーズで彩られた、残虐な未来と差別的な過去。二つの世界で言葉は通じず、両者の常識も通じない。また、善行も報われない。とはいえ、こんなひどい世界を肯定せず、あきらめを持った悲しい目で見ている。そこが救いであり、こうした希望のない世界だからこそ、わずかな良心が際立つ。

 今読み返してみても古くささは感じられないので、ぜひ再版&続篇の翻訳をしてもらいたいものだ。シリーズ全体を通して読んでみたいと思う。

*1:ヒーザーン』は第3作目で、この2冊以外は未訳。また2冊とも絶版