『クロノリス ―時の碑―』

あらすじ

2021年、タイ。とある夏の未明、天を衝くかのごとくに巨大な塔が轟音とともに出現した。それには20年先の未来の日付が刻まれていた。クロノリス(時の石)と名付けられた巨塔は、その後も続々と現代へ送り込まれ、出現エネルギーで世界各地の都市を破壊してゆく。アメリカの国家機関はついにその出現予知に成功するが……。物語は刻々と2041年へ迫りゆく。空前の時間侵略SF!

カバーより

 未来から巨大な記念碑が送り込まれ、突如そびえ立つ。こんな視覚的にインパクトのあるアイデアで、未来との時間侵略戦争を描いたSFだ。映画化すれば見栄えがしそうだ。


 最初にこれが出現したのはタイだった。「クイン」という名が記されたこの記念碑には、20年先の未来の日付が刻まれていた。クロノリスと名付けられた記念碑は、その後も世界各地に次々と出現。その際、周辺の温度が急激にさがるため、都市などは破壊され、深刻な被害を被った。


 なんといっても、巨大な記念碑が未来から時を超えて送り込まれるという設定がすばらしい。なんでそんなことを大金をかけてやるのかとか、どういう技術でこうしたことが可能なのかといったこまかいことは二の次で、この発想そのものに単純にわくわくさせられる。SFにはこうした大見得を切ったはったりが必要だ。はったりが大きければ大きいほど楽しめる。


 このはったりに説得力を与えているのは、登場人物たちの緻密な描写だ。このあたりは『時間封鎖』(感想はこちら)に似た雰囲気がある。登場人物たちは等身大で、日常の悩みや迷いなどを抱えたどこにでもいそうな人物たちだ。主人公のスコットも序盤は無責任でふらふらしている若者だ。そんな彼の生涯が、回顧録のかたちで語られている。


 スコットは、最初にタイに出現したクロノリスを目撃したうちのひとり。何の気なしに見に行っただけだったのだが、この選択が彼の運命を変え、クロノリスをめぐる運命に組み込まれることになる。この時にしてしまった失敗により、家族との仲は悪化。彼はその失敗をかかえて生きていくことになる。また、クロノリス研究の第一人者の物理学者がスコットの大学の恩師だったため、アメリカに帰国したスコットは、プログラマーとしてクロノリスに関わり続けることとなる。


 未来から仕掛けられるテロ攻撃と戦い、これを阻止するにはどうすればいいだろうか。攻撃が実行される前に阻止できるならば、それが一番良いだろう。もしも攻撃を仕掛ける人物がわかるなら、その人物がテロリストとなる前に手を打つことができるかもしれない。けれども、結果が時間軸の最初にあり、原因が最後にある場合、どの時点で実現を阻止することができるのか?そもそも阻止することは可能なのだろうか?


 未来の側から見れば、攻撃を阻止されないためには情報はなるべくもらさないようにしなければならないだろう。そのせいか、「クイン」の正体はいっこうにわからない。何のためにこういった攻撃を行っているのかもわからない。一方、過去の側から見れば、20年がたてば確実に20年後の未来へたどり着く。過去の側の最大の武器はこれかもしれない。


 ラストは、時間SFにふさわしい内容で面白かった。ただ、未来の側で起こったことは、あまりにも漠然とした推測のみしか書かれていなくて、少し物足りなかった。もう少し具体的な様子がわかればもっと面白かっただろうと思う。